日産の歴代車種

日産の歴代車種110種類を解説!今こそ復活してほしい名車は?

日産の歴代車種を解説。創業から80年余り、スカイライン、GT-R、フェアレディなど今なお系譜が続くスポーツカー、中古市場で人気のシルビアやブルーバード、愛好家が多いサニトラやフィガロなどかっこいい車もおしゃれな車も日産にはある!セダン、SUV、電気自動車など日産の車種一覧を紹介。

1930年代~50年代の日産の車種一覧

日産のルーツは少し複雑で、改進社(橋本増治郎)、戸畑鋳物(鮎川義介)、実用自動車製造の3つの前身があり、これらが合併して1934年に「日産自動車」の設立となりました。
国内では、1970年代まで小型車に「DATSUN(ダットサン)」のブランド名を用いています。

DATSUN名前の由来ですが、まずDATは、改進社の橋本増治郎が最初に開発した「DAT自動車」の出資者3人の苗字の頭文字であり、逃げ出すうさぎ(=脱兎)のように早いことから。
SUNは、改進社が実用自動車製造と合併した際に開発した「DATSON(初代ダット号の息子の意味を込めた)」が、SON=損と演技がわるいため、太陽を意味する「SUN」に変更されたという経緯があります。

ダットサン 14型(1935)

ダットサン 14型

「日産自動車」となってから初めて開発・製造した市販車。日本初の大量生産型の乗用車で、年間約1万台を製造し、医師の往診などに用いられた。エンブレムは「DAT=脱兎=うさぎ」である。ホイールだけでなく、実はヘッドライトの中にもDATSUNのロゴが入っている。

車名 ダットサン 14型
発売年 1935年
特徴 日産自動車として初めて開発・製造した市販車
生産規模 日本初の大量生産型乗用車で年間約1万台を製造
用途 医師の往診などに利用された
エンブレム由来 「DAT」は脱兎(うさぎ)を意味し、ヘッドライト内部にもロゴがある

ダットサン トラック(1935~2002)

ダットサン 1000 トラック(G222型)1960年式の概要

ダットサン 1000 トラック(G222型)1960年式

ダットサン 1000 トラック(G222型)1960年式

ダットサン 1000 トラック(G222型)1960年式

ダットサン 1000 トラック(G222型)1960年式

ダットサンのピックアップトラックで通称ダットラ。10代目で「ニッサン」に名前が統一されて国内販売を終了したが、アジアや南米、中東では販売を継続中。5代目(1961~)は初代310型ブルーバードと外観が似ていて人気を博した。

車名 ダットサン トラック(通称ダットラ)
発売期間 1935年~2002年
特徴 ピックアップトラックタイプ
名称変更 10代目で「ニッサン」に統一し国内販売終了
海外展開 アジア、南米、中東で販売継続中
5代目モデル 1961年~、初代310型ブルーバードに外観が似て人気を得た

ダットサン 15型(1936)

ダットサン 15型 フェートン

ダットサン 15型 ロードスター

14型のほぼ1年後に販売された15型にはフェートンとロードスターが存在。エンジンは722cc、最高出力は16馬力で14型より1馬力向上と着実な進歩を遂げた。スペアタイヤに関する法改正により、積載量が大幅に増えている。

車名 ダットサン 15型
発売年 1936年
車種バリエーション フェートン、ロードスター
エンジン 722cc、最高出力16馬力
性能向上 14型より1馬力アップ
法改正影響 スペアタイヤに関する法改正で積載量が大幅増加

ダットサン 16型(1937)

ダットサン 16型

14型の丸2年後、15型の1年後に販売された16型乗用車。722ccの16馬力と走行性能は15型と変わらないが、全長が長くなり、居住性が増した。当時の販売価格は2,100円は現在換算で760万円ほど。3ヶ月後の日中戦争開戦により生産は自粛することになってしまう。

車名 ダットサン 16型
発売年 1937年
エンジン 722cc、最高出力16馬力(15型と同じ)
特徴 全長が長くなり居住性向上
価格 当時2,100円(現在換算で約760万円)
生産状況 日中戦争開戦により3ヶ月後に生産自粛

ダットサン 17型(1938)

ダットサン 17型

日中戦争による16型生産自粛にもめげずに、1938年4月に販売。外観は16型セダンの影響が濃いが、フロントグリルの中央部分の縦棒の存在感が特徴的。内装は戦時中で純綿などの不足もあり簡素に仕上げた。

車名 ダットサン 17型
発売年 1938年4月
特徴(外観) 16型セダンの影響を受けたデザイン、中央縦棒のあるフロントグリル
特徴(内装) 戦時中の資材不足で純綿などがなく簡素な仕上げ

ダットサン DA(1947~)

戦後に販売されたスタンダードセダン。1947年にGHQによる自動車生産禁止令が解かれた際、日産はいちはやく自動車製造に復帰した。そのため、シャシーやエンジンはほぼ戦前のまま。ボディのみ生産のしやすさを考慮して変更を加えている。

車名 ダットサン DA
発売年 1947年~
特徴 戦後初のスタンダードセダン
背景 GHQの自動車生産禁止令解除後に早期復帰
技術 シャシー・エンジンは戦前モデルを踏襲、ボディは生産しやすく改良

ダットサン DB(1948~54)

ダットサン DB型

ダットサンDA型をベースに製造したデラックスセダン。日産にとって戦後初の新型乗用車。戦後の国内自動車メーカーは全体的にアメリカ車のデザインの影響を受けており、DB型はクロスレイとの類似性をよく指摘される。1950年から排気量860cc、20馬力にパワーアップ!

車名 ダットサン DB
発売期間 1948年~1954年
ベース ダットサン DA型
車種区分 デラックスセダン
特徴 戦後初の新型乗用車。アメリカ車の影響を強く受けたデザイン
パワーアップ 1950年に排気量860cc、20馬力に向上

ダットサン DS(1950~54)

ダットサン DS型

ダットサンの高級セダン。デザインには戦後の高級車代表だったアメリカのジープの影響があると言われることが多い。1台88万円であり、大卒初任給が5,000円の時代には超高級車である。排気量860cc、20馬力を実現。

車名 ダットサン DS
発売期間 1950年~1954年
車種区分 高級セダン
デザイン影響 戦後のアメリカ高級車ジープの影響あり
価格 約88万円(当時の大卒初任給5,000円に対し超高級車)
エンジン性能 排気量860cc、最高出力20馬力

パトロール(1951~)

パトロール 4W61型

パトロール Y62型

警察予備隊(現・陸上自衛隊)への納車を目指して開発された4WD小型トラック。直6SVガソリンエンジンを搭載し、最高出力85馬力。三菱ジープとの競争入札には敗れるものの、2代目は消防署などで活躍し、6代目(2010年~)は中東の富裕層に人気のSUVとなった。

車名 パトロール
発売期間 1951年~
開発目的 警察予備隊(現・陸上自衛隊)向けの4WD小型トラック
エンジン 直6SVガソリンエンジン、最高出力85馬力
競合 三菱ジープとの競争入札に敗北
2代目の活躍 消防署などで使用
6代目(2010年~) 中東の富裕層に人気のSUV

ダットサン スポーツ DC-3(1952~1954)

ダットサン スポーツ DC-3

フェアレディの前身。ショーモデルとして登場し、製造台数はわずか50台、直4気筒エンジン860ccにサイドバルブを搭載し、最高速度は80km/h。同時代の外車と比べると性能は低いが、日本車で初めて車名に「スポーツ」をつけた国産スポーツカーの元祖である。

車名 ダットサン スポーツ DC-3
発売期間 1952年~1954年
概要 フェアレディの前身。ショーモデルとして登場し製造台数は50台
エンジン 直4気筒860ccサイドバルブ
性能 最高速度80km/h。外車と比べ性能は低い
特徴 日本車で初めて「スポーツ」を車名に冠した国産スポーツカー元祖

プリンス セダン(1952~1957)

プリンス セダン AISH2型

1966年に日産が吸収合併するプリンス自動車(たま自動車)が製造した上級セダン。スカイラインの前身にあたり、当時としては最大級の1,500ccエンジンを搭載。皇太子時代の上皇陛下が愛車とされ、ご自身で運転されたことがある。

車名 プリンス セダン
発売期間 1952年~1957年
製造会社 プリンス自動車(たま自動車、1966年に日産に吸収合併)
特徴 スカイラインの前身。最大級の1,500ccエンジン搭載
エピソード 皇太子時代の上皇陛下が愛車として自身で運転

オースチン A40サマーセット(1953~1954)

オースチン A40サマーセット

オースチン A40サマーセット

イギリスの自動車会社ブリティッシュ・モーター・コーポレーションのオースチン部門とライセンス契約を交わし、ノックダウン生産(日本で組み立て販売)した車両。日産側の目的は技術の吸収・習得であったとされる。日本では通称だるまオースチンと呼ばれた。

車名 オースチン A40サマーセット
発売期間 1953年~1954年
製造方式 英国オースチンとのライセンス契約によるノックダウン生産(国内組み立て)
目的 技術吸収・習得を目的とした生産
通称 だるまオースチン(日本国内での呼称)

ダットサン 110/210型(1955~1959)

ダットサン 110型

ブルーバードの前身にあたる小型車。戦後のダットサン乗用車は戦前シャシに外注した板金を乗せる製法だったが、110型からは日産が自ら設計し、全面プレス化で強度を高めた。クラウンRS型が中型タクシー市場で人気だったのに対し、小型タクシー市場で圧倒的なシェアを誇った。

車名 ダットサン 110/210型
発売期間 1955年~1959年
概要 ブルーバードの前身にあたる小型車
構造 日産が自社設計、全面プレス化で強度向上
市場シェア 小型タクシー市場で圧倒的なシェアを誇る
競合 クラウンRS型は中型タクシー市場で人気

オースチン A50ケンブリッジ(1954~1960)

オースチン A50ケンブリッジ B130型

ライセンス契約を結んでいた「オースチン A40 サマーセット」のモデルチェンジに伴い、日産は1500ccクラスのA50 ケンブリッジへの生産へ切り替えることとなった。ケンブリッジの走行性能は高く、初代ブルーバードやセドリックの開発に繋がる技術習得に役立った。

車名 オースチン A50ケンブリッジ
発売期間 1954年~1960年
背景 オースチン A40サマーセットのモデルチェンジに伴う切り替え
排気量クラス 1500ccクラス
性能 高い走行性能を持つ
技術影響 初代ブルーバードやセドリックの開発に貢献

グロリア(1959~2004)

グロリア S40型

フーガに繋がる日産の高級セダンで販売当時の名前は「プリンス・グロリア」。当時の製造・販売はプリンス自動車で、初代と2代目の上級モデルは宮内庁にも多数納入された。2代目の愛称は「ハチマキグロリア」。4代目以降はセドリックと姉妹車となる。

車名 グロリア
発売期間 1959年~2004年
概要 日産の高級セダン。元はプリンス自動車の「プリンス・グロリア」
特徴 初代・2代目は宮内庁に多数納入。2代目は「ハチマキグロリア」と呼ばれる
関係車種 4代目以降はセドリックの姉妹車
現代の位置づけ フーガに繋がるモデル

ダットサン ブルーバード 1300 2ドア DX(P411型)ブルーバード(1959~2001)

ダットサン ブルーバード 1300 2ドア DX(P411型)のスペック

ダットサン ブルーバード 1300 2ドア DX(P411型)

ダットサン ブルーバード 1300 2ドア DX(P411型)

ダットサン ブルーバード 1300 2ドア DX(P411型)

日産ブルーバード P510型 1970年式

日産ブルーバード P510型 1970年式

60年代にトヨタ・コロナとBC戦争と呼ばれる販売競争を繰り広げたダットサン・ブルーバード。日本初の女性向け特別仕様車「ファンシーDX」はウィンカーと連動してオルゴールが鳴る。ハイヒールスタンドなど36点の専用装備があり、時代の先取り感がすごい。

車名 ダットサン ブルーバード 1300 2ドア DX(P411型) / ブルーバード(1959~2001)
概要 60年代にトヨタ・コロナと激しい販売競争(BC戦争)を繰り広げた小型車
特別仕様車 日本初の女性向け「ファンシーDX」。ウィンカー連動オルゴールや36点の専用装備を備える
特徴 先進的な装備で時代を先取りしたデザインと仕様

ダットサン フェアレディ(1959~1970)

フェアレディZにつながる系譜。初代S210系は前期型ダットサン スポーツ1000、後期型ダットサン フェアレディ1200、2代目S310系はフェアレディ1500が1600に進化し、最終的に2000が追加され、当時の国産車最速の205km/hを達成。

車名 ダットサン フェアレディ
発売期間 1959年~1970年
概要 フェアレディZへつながるスポーツカーの系譜
モデル展開 初代S210系はスポーツ1000とフェアレディ1200。2代目S310系は1500から1600、最終的に2000が追加
性能 当時の国産車で最速の205km/hを達成