ファイン コンフォート ライドは市販化されず 思想は2代目MIRAIへ
トヨタが2017年の東京モーターショーで初公開したFCV(燃料電池自動車)コンセプト「ファイン コンフォート ライド」は、約1,000kmという長い航続と、電動車ならではの自由なレイアウトを併せ持つ「プレミアムサルーンの新しいかたち」として大きな注目を集めました。SNSでは「次期エスティマではないか」とも噂され、その斬新なタマゴ型ボディが話題をさらいました。しかし結論から言えば、このクルマがそのままの形で市販化されることはありませんでした。発表から8年以上が過ぎた現在も、ファイン コンフォート ライド自体は価格未定のコンセプトモデルとして役割を終えています。ただし、そこで磨かれた技術と思想は、決して無駄にはなりませんでした。
市販化は見送り 遺伝子は2代目MIRAIやモビリティ構想へ
ファイン コンフォート ライドで追求されたFCスタック(水素と酸素を反応させて発電する燃料電池車の心臓部)の発電効率向上や、水素を活かして長距離を上質に移動する“プレミアムFCV”という考え方は、2020年12月に発売された2代目「MIRAI(ミライ)」の開発へと引き継がれました。初代ミライがセダンだったのに対し、2代目は後輪駆動プラットフォームを採用して走りと質感を大きく高めており、まさにファイン コンフォート ライドが掲げた「快適に長く走るFCV」の思想を市販車として具現化した一台と言えます。
また、対面もできるシートアレンジや大型ディスプレイによる「移動時間そのものを価値に変える」というテーマは、その後トヨタが発表してきた自動運転・モビリティ系のコンセプトへと受け継がれています。市販化という形では実らなかったものの、電動化と自動運転が交わる未来像を最もラグジュアリーに描いたマイルストーンだった、と振り返ることができます。
「2020年実用化」の予想はどうなった 全固体電池とトヨタEVの現在地
この記事のもとになった当時の解説では、「トヨタは全固体電池を2020年に実用化する」「トヨタにはEVがない」と述べられていました。現在の視点で答え合わせをすると、いずれも状況は大きく変わっています。全固体電池は2020年の実用化には至らず、たび重なる延期を経て、トヨタは現在「2027〜2028年に全固体電池搭載EVを市場投入」する計画を掲げています。出光興産(硫化物系固体電解質)や住友金属鉱山(正極材)と組み、2026年頃からパイロットラインでの試作を進める段階で、航続1,000km級や将来的な急速充電10分程度を目標としていますが、これらはあくまで目標であり実現は今後の課題です。
「EVがない」という指摘も、もはや過去のものです。トヨタは2022年にBEV「bZ4X」を投入して以降、bZシリーズを拡充しており、次世代電池を積む新世代BEVの開発も進めています。当時「今はあえてEVを造らない」と説明していたトヨタは、全方位戦略の一環として、ハイブリッド・FCV・EVを併走させる現在の形へと舵を切ったわけです。
トヨタのFCV(燃料電池自動車)「ファイン コンフォート ライド」とは
ここからは、ファイン コンフォート ライドがどのようなモデルだったのかを改めて振り返ります。2017年10月25日から開催された第45回東京モーターショー2017に初出展されたトヨタの次世代FCVが、この「ファイン コンフォート ライド(Fine-Comfort Ride)」でした。
トヨタはすでにFCVの量産車「MIRAI」を世界に先駆けて市販しており、その先を見据えた提案がこのコンセプトでした。
世界がEVシフトを強める中、30年以上にわたってFCVを開発してきたトヨタの水素戦略を占う一台として、高い完成度を誇っていました。
ここでは、ファイン コンフォート ライドのエクステリアやインテリア、ボディサイズなどの基本性能、そしてFCVの可能性や当時噂された「エスティマFCV」について見ていきます。
「新しいかたち」を実現した燃料電池ミニバンのエクステリア
新たなFCVコンセプトとして発表されたファイン コンフォート ライドは、ミニバン型の実用的なエクステリアを備えていました。
燃料電池車ゆえにエンジンを積む必要がなく、スペースを自由に使った「プレミアムサルーンの新しいかたち」として提案されていました。
フロントとリヤの前後左右を絞り、中央を膨らませたダイヤモンド型のキャビンとすることで、2列目シートを広く快適な空間にしつつ、空力性能も最大化していました。
各車輪にモーターを内蔵するインホイールモーターを採用し、エンジンや駆動系の大きな部品を省くことで、広大な室内と高い静粛性を両立していました。
ボディサイズはトヨタ車で言えばエスティマとアルファードの中間に位置し、後席はスライドドアを採用。狭い駐車場でも乗り降りしやすい、使い勝手にも配慮したデザインでした。Bピラーレス構造による大開口も、開放感の演出に一役買っていました。
| 全長 | 4,830mm |
|---|---|
| 全幅 | 1,950mm |
| 全高 | 1,650mm |
| ホイールベース | 3,450mm |
| 乗車人数 | 6名 |
「個の空間」を大切にしたインテリア
「Wearing Comfort(快適な空間に包まれる)」をテーマにしたインテリアは、快適性と未来感を兼ね備えた空間でした。内装はエクステリアと同色のパープルで、LEDライトが車内を彩ります。
6席すべてが独立したキャプテンシートで、自由に回転・スライドできる「個の空間」を大切にしていたため、2列目に乗る人も快適に過ごせる工夫が凝らされていました。
運転席のインストルメントパネルやステアリングホイールには、当時最新のエージェント機能やタッチディスプレイを搭載し、ドライバーの運転を支援していました。フロントガラスには特徴的な丸型のヘッドアップディスプレイも備わっていました。
前席から2列目へのアクセスにも配慮し、「個×個のコミュニケーション空間」を提案していました。

ファイン コンフォート ライドは次期エスティマの可能性?その結末

当時は、東京モーターショー2017で公開されたファイン コンフォート ライドこそ、次期エスティマのコンセプトモデルではないか、という噂が飛び交っていました。
エスティマがフルモデルチェンジのタイミングでPHEVやFCVを追加するのでは、という見立てから、こうした噂が広がったのです。ミニバンという車種、似通ったボディサイズなど、確かに重なる部分は少なくありませんでした。
しかし現実は、多くのファンの期待とは異なる結末を迎えました。エスティマはフルモデルチェンジを受けることなく、2006年発売の3代目を最後に2019年に生産を終了。以降、正式な後継車は登場していません。ファイン コンフォート ライドが次期エスティマとして市販化されることもありませんでした。もっとも現在でも、「次のエスティマがBEVで復活するのでは」という噂は根強くささやかれています。あくまで確度の低い観測ではありますが、タマゴ型ミニバンの再来を望む声は今も途絶えていません。
FCV(燃料電池自動車)の可能性や課題
トヨタは1992年、EV(電気自動車)の開発と並行する形でFCVの開発にも着手しました。1997年12月に発売されたプリウスは、世界初の量産ハイブリッドカーとして大ヒットし、世界中にハイブリッドブームを巻き起こしました。
ハイブリッドの技術を礎にしつつ、トヨタは水素を使うFCVにも力を注ぎ、2014年11月18日に世界初の量産型FCV「ミライ(MIRAI)」を発表しました(発売は同年12月)。
たとえばEVの日産リーフ(初代)では、急速充電でも満充電に約40分、航続は400km前後で、東京~大阪間では途中で1度充電が必要でした。
これに対し初代ミライは水素充填が約3分、航続は約650km。
EVの弱点とされるリチウムイオンバッテリーの劣化が原理的に起きにくい点も含め、当時のFCVは利便性の面でEVに対する優位性を持っていました。とはいえ普及に向けては、以下のような課題も抱えていました。
製造コストが高い
トヨタ ミライ
EVはハイブリッド技術を転用しやすい一方、FCVは水素を扱うため、まったく異なる技術が必要でした。
初代ミライは、2015年当時は1日3台しか生産できず「納車3年待ち」とも言われたほどで、その結果、車両価格は7,236,000円という高額なものでした。
当時はエコカー減税やCEV補助金などで合計225万円あまりの補助が受けられ、実質約498万円まで下がりましたが、それでも高級車であることに変わりはありませんでした。現在は2代目ミライ(2020年12月発売)へと進化していますが、車両価格が700万円台からと高めである点は、FCV普及の課題として今も残っています。
水素ステーションの普及

EV用の充電ステーションは需要増を背景に増え続け、2017年7月末時点で全国28,500基を超えていました。それでも、ガソリンスタンドが当時約33,000か所あったことを思えば、十分とは言えない水準でした。
その充電インフラよりもさらに少なかったのが水素ステーションで、当時は「2017年までに全国100基」を目指す計画という段階でした。
水素ステーションの整備はFCV普及の必須条件ですが、この状況は現在も大きくは変わっておらず、全国で百数十基規模にとどまるとされます。FCVの実用が一部の地域に限られやすいという構図は、いまなお解消されていません。
トヨタが当時「EVを造らなかった」理由と、その後の転換
日産 リーフ
2017年当時、世界の自動車市場ではガソリン車やディーゼル車からEVへ移る動きが強まっており、「EVを持たないトヨタは出遅れている」との声もありました。しかしトヨタは、ハイブリッド技術を応用すればEVはいつでも造れる技術を持っているとしたうえで、あえて量産EVを投入していませんでした。
その理由として当時挙げられていたのが、世界の新車販売に占めるEVの比率がまだ1割にも満たないこと、そして心臓部のリチウムイオンバッテリーに劣化などの課題があることでした。航続を伸ばすには大量の電池が必要で、充電を重ねるほど劣化する——この弱点を補う切り札として、トヨタは「全固体電池」の開発を進めていました。当時は2020年の実用化を目標に掲げていましたが、実際にはその達成には至らず、現在は2027〜2028年の搭載EV投入を目標に据え直しています。
そしてトヨタは、その後EVに対する姿勢そのものを転換しました。2022年にはBEV「bZ4X」を発売し、以降bZシリーズを展開。FCV、ハイブリッド、EV、そして次世代の全固体電池までを見据えた「全方位」戦略へと進んだのです。液体燃料に替わるFCVと、リチウムイオンに替わる次世代電池を組み合わせ、電動化の主導権を握ろうとするトヨタの狙いは、形を変えて現在も続いています。
ファイン コンフォート ライドが示した新たな可能性

第45回東京モーターショー2017で初公開されたファイン コンフォート ライドは、デザイン性の高いエクステリアとインテリア、そして静粛性となめらかな走りを備えた意欲的なFCVでした。
初代ミライを上回るJC08モードで約1,000kmという航続を目標に掲げるなど、当時のEVを大きく超える実用性の高さを打ち出していました。
市販化こそ実現しませんでしたが、ここで示された「水素で長く快適に走る」「移動空間の価値を高める」という提案は、2代目ミライやその後のモビリティ構想へと確かに受け継がれています。EVシフトが加速する時代にあって、FCVという選択肢の可能性を鮮やかに示したコンセプトカーとして、ファイン コンフォート ライドは今なお振り返る価値のある一台だと言えるでしょう。







































