三菱の歴代車種

三菱の歴代車種!ラリーやオフロードで活躍した名車を画像つき解説

三菱の現行車種一覧と歴代モデルを徹底解説。各車のスペック・特徴・OEM関係・姉妹車情報を表でわかりやすくまとめています。購入前の比較検討や車種選びの参考にどうぞ。

1919年〜1950年代の三菱の歴代車種

後に三菱重工業と社名変更する三菱造船神戸造船所は、1919年に「三菱A型」という自動車を完成させており、これは量産型自動車としては日本初のモデルです。しかし自動車産業への本格参入は第二次世界大戦の終戦まで一時中断され、戦後にオート三輪の商用車からあらためてスタートすることになります。

三菱A型(1919〜1921)

三菱A型のレプリカ

日本初の量産自動車。1917年に三菱造船神戸造船所で試作が始まり、1919年に発売された。「量産」とはいえ3年間での製造台数は22台、実際に販売されたのは12台にとどまる。ボディにはうるし塗りが施され、イタリアのフィアットA3-3型を参考に開発されたとされる。現存するレプリカは各地の自動車博物館などで見ることができる。

車種 三菱A型
製造期間 1919年〜1921年
試作開始 1917年に三菱造船神戸造船所で開始
生産・販売台数 3年間で22台製造、販売は12台のみ
特徴 ボディはうるし塗り仕上げ
参考モデル イタリアのフィアットA3-3型を参考に開発
意義 日本初の量産自動車として自動車史上の重要なモデル

みずしま(1946〜1962)

みずしま TM3C型

戦後に発売されたオート三輪の商用車。前面の風よけと頭上の幌で雨風をしのげる構造が好評となり、復興期の日本で物資輸送を担う車として広く普及した。公式の最大積載量は0.4トンだが、積載オーバーが当然だった当時の使われ方のなかでも高い耐久性を発揮。派生車として軽規格の「レオ」が生まれた。

車種 みずしま
製造期間 1946年〜1962年
車種カテゴリ 戦後発売のオート三輪商用車
特徴 前面に風よけ、頭上に幌を装備し雨風をしのげる構造
積載量 公式最大積載量は0.4トン。過積載が常態化していた時代でも高耐久を発揮
派生モデル 軽規格の「レオ」が派生車種として登場

ジープ(1953〜1998)

三菱ジープ CJ3B-J11

第二次世界大戦で「米軍の四駆」として世界的な知名度を得たジープを、三菱がライセンス契約によりノックダウン生産したモデル。警察予備隊(現・自衛隊)への納入入札では、日産パトロールやトヨタ・ジープBJ/FJ型(現ランドクルーザー)を退けて採用を勝ち取り、以降45年にわたって生産が続いた。日本の四輪駆動車市場の黎明期を支えた歴史的モデルとして知られる。

車種 ジープ
製造期間 1953年〜1998年
生産方法 ライセンス契約に基づくノックダウン生産
採用実績 警察予備隊の入札で日産パトロール、トヨタ・ジープBJ/FJ型に勝利して採用
代表車種 CJ3B-J11など三菱独自モデルも展開
影響 日本の四輪駆動車市場の黎明期を支えた重要モデル

レオ(1959〜1962)

レオ 日本に現存するのはわずか5台のみ!

オート三輪型ピックアップトラック「みずしま」から派生した軽自動車規格の車。手塚治虫の漫画『ジャングル大帝』の主人公レオにちなんで命名され、名前も外見も親しみやすいデザインが特徴。月間販売数1,000台を超えるヒットカーとなり、後の軽4輪車360やミニカの開発にも影響を与えた先駆的なモデル。現存するのは国内でわずか5台とされ、希少車としても知られている。

車種 レオ
製造期間 1959年〜1962年
車種カテゴリ 軽自動車規格のオート三輪型ピックアップトラック
派生元 オート三輪「みずしま」から派生
名前の由来 手塚治虫の漫画『ジャングル大帝』主人公レオにちなんで命名
販売実績 月間販売数1,000台超のヒットカー
影響 後の軽4輪車360やミニカに影響を与えた先駆的モデル
現存数 国内現存はわずか5台とされる希少車

1960年代の三菱の歴代車種

戦後三菱はオート三輪の商用車部門から再出発し、その後は政府の「国民車構想」を受けて三菱500を開発。四輪乗用車の製造へと本格的に踏み出し、1960年代は多彩な車種を展開した時代となりました。

三菱500(1960〜1962)

戦後のコンパクト・ファミリーカーとして誕生した三菱500

政府の「国民車構想」に応える形で開発された四輪乗用車。合理性を最優先し、内外装はシンプルにまとめられている。国民車の要件をほぼ満たしていたものの、すでに市場に浸透していたスバル360の人気を覆すには至らなかった。1961年には5人乗りの派生モデル「スーパーDX」を追加している。

車種 三菱500
製造期間 1960年〜1962年
開発背景 政府の「国民車構想」に応えるかたちで開発
デザイン方針 合理性を重視し、内外装をシンプルにまとめた
販売実績 国民車の要件は満たしたが、スバル360の人気には及ばず
派生モデル 1961年に5人乗りの「スーパーDX」を追加

三菱360(1961〜1972)

軽ライトバン三菱360

三菱初の四輪商用車。オート三輪「みずしま」や「レオ」で蓄積した技術を活かして開発され、軽ライトバンとして商業的な成功を収めた。後に初代ミニカのベースとなり、三菱軽自動車の礎を築いたモデルでもある。販売好調を背景に、水島製作所ではオート三輪の生産を打ち切り、以降は四輪車に経営資源を集中することになった。

車種 三菱360
製造期間 1961年〜1972年
車種カテゴリ 軽ライトバン(三菱初の四輪商用車)
技術背景 オート三輪「みずしま」「レオ」の技術を活用して開発
影響 初代ミニカのベースとなり、三菱軽自動車の先駆け的存在
販売実績 商用車として成功し、水島製作所のオート三輪生産を終息させる契機に

ミニカ(1962〜2011)

初代ミニカ ベースとなったのは三菱360

「70年代をリードする」という意味で名付けられた2代目ミニカ70

使い勝手の良い軽自動車の代表格だった最終型8代目ミニカ

軽商用車「三菱360」をベースに誕生した三菱初の軽乗用車。2011年まで約50年にわたって販売されたロングセラーモデルで、スキッパーやトッポなど多数の派生車を生んだ。2代目「ミニカ70」(1969年〜)は若者向けのスポーティなイメージで人気を集め、その後は主婦層や商用需要を中心に幅広く支持された。

車種 ミニカ
製造期間 1962年〜2011年
起源 軽商用車「三菱360」をベースに開発した三菱初の軽乗用車
販売期間 約50年続いたロングセラーモデル(全8代)
派生車 スキッパー、トッポなどの派生モデルが存在
世代別イメージ 2代目ミニカ70(1969年〜)は若者向けスポーティ路線、以降は主婦・商用層に広く普及

コルト600(1962〜1965)

コルト600

三菱で初めて「コルト」の車名が与えられたモデル。シンプルさを追求した先代500に対し「見ただけで乗りたくなる車」をコンセプトに掲げ、スタイリングに力を入れた。594cc・25馬力のエンジンを搭載し、1963年にはマレーシア・グランプリで優勝する実績も残したが、販売台数は振るわなかった。

車種 コルト600
製造期間 1962年〜1965年
位置づけ 三菱初の「コルト」車名。「見ただけで乗りたくなる」デザインを追求
エンジン 594cc・25馬力(500スーパーDXと共通のユニット)
モータースポーツ実績 1963年マレーシア・グランプリで優勝
販売状況 販売台数は振るわなかった

コルト1000(1963)/コルト1500(1965)

コルト1000(1964年式)

1965年に追加されたコルト1500

コルト600の上位車種として登場した三菱初の4ドアセダン。977cc・51馬力のエンジンを搭載。1965年には最高出力70PS・最高速度140km/hのコルト1500を追加し、その後コルト1200、コルト1500へと改良が進んだ。名古屋自動車製作所で製造されており、同時期に水島製作所で生産されていたコルト800系とは別系統のモデルとなる。

車種 コルト1000 / コルト1500
製造開始年 1963年(コルト1000)、1965年(コルト1500追加)
位置づけ コルト600の上位車種。三菱初の4ドアセダン
エンジン仕様 コルト1000:977cc・51馬力 / コルト1500:70PS・最高速度140km/h
進化 コルト1200、コルト1500へと順次改良
製造場所 名古屋自動車製作所(水島製作所のコルト800系とは別系統)

デボネア(1964〜1999)

初代デボネア 1970年改良型

初代デボネア 1976年改良型 エグゼクティブSE

35年間・3世代にわたって生産された三菱の高級車。主な顧客は三菱グループの重役で、一般的な知名度は高くなかった。なかでも初代は1964年から1986年まで22年間にわたってデザインをほぼ変えずに製造し続けたことから、「走るシーラカンス」という異名をとった。その不変ぶりが逆に希少性となり、現在は旧車ファンや三菱マニアの間で高く評価されている。

車種 デボネア
製造期間 1964年〜1999年
車種カテゴリ 高級セダン(3世代)
主な顧客 三菱グループの重役など法人・VIP需要が中心
初代の特異点 1964年から1986年まで22年間、デザイン変更なしで製造。「走るシーラカンス」の異名
現在の評価 旧車ファン・三菱マニアの間で高く評価されるコレクターズモデル

コルト800/1000F/1100F/11F(1965〜1971)

コルト1000F

コルト1100F

日本初のファストバックスタイルを採用したモデル。1965年に「コルト800」が登場し、その後1000F、1100F、11Fと改良が重ねられた。製造は岡山県水島製作所が担当。同時期に名古屋自動車製作所で生産されていたコルト1000とは開発・製造ラインが異なる別系統であり、事実上の社内競合状態にあった点も当時の話題となった。

車種 コルト800 / 1000F / 1100F / 11F
製造期間 1965年〜1971年
特徴 日本初のファストバックスタイルを採用
モデル変遷 コルト800→1000F→1100F→11Fと改良
製造場所 岡山県水島製作所
社内関係 名古屋自動車製作所製コルト1000とは別系統で、社内競合状態にあった

デリカ(トラック1968〜 / バン・コーチ1969〜)

初代デリカバン 9人乗りの乗用モデル「デリカコーチ」のベース車

初代デリカ 1400バン ライバルはマツダ・ボンゴ

初代デリカ1400トラック

ワンボックスカーの代名詞だったマツダ・ボンゴ(1966年〜)に対抗するかたちで投入された小型キャブオーバートラック&バン。乗用モデル「デリカコーチ(ワゴン)」は9人乗りを実現し、その系譜は現在のデリカD:5へと受け継がれている。一方、商用モデルは1999年以降にマツダ・ボンゴのOEM車へ移行した。

車種 デリカ(トラック1968〜 / バン・コーチ1969〜)
登場背景 マツダ・ボンゴの対抗車種として投入された小型キャブオーバートラック&バン
乗用モデル 「デリカコーチ(ワゴン)」は9人乗り。デリカD:5の源流となる系譜
商用モデルの変遷 1999年以降はマツダ・ボンゴのOEM車へ移行

コルトギャラン/ギャラン(1969〜2005 ※国内販売)

初代コルトギャラン 流行のデザインをとりいれ人気車の仲間入りを果たす

国内では最終モデルとなった8代目ギャラン

初代は「コルトギャラン」として1969年に登場し、2代目以降は「ギャラン」単独名またはサブネーム「Σ(シグマ)」を冠して展開。2ドアの派生車であるギャランGTO、FTO、Λ(ラムダ)なども生まれ、1960年代〜2000年代にかけて三菱の主力セダンとして長く支え続けた。なかでも6代目「ギャランVR-4」はランエボ登場前夜の三菱を象徴する名車で、ラリーシーンでの活躍が「三菱=ラリー」のブランドイメージを定着させるきっかけとなった。

車種 コルトギャラン / ギャラン
国内販売期間 1969年〜2005年
初代の特徴 流行のデザインを取り入れ、三菱のヒット車の仲間入りを果たした
派生車種 ギャランGTO、FTO、Λなどの2ドアスポーツモデルが登場
主力としての役割 1960年代〜2000年代にかけて三菱の主力セダンとして活躍
名車ポイント 6代目ギャランVR-4がラリーシーンで活躍し「三菱=ラリー」のイメージを確立