ポール・ウォーカーの車

ポール・ウォーカーが愛した車~ワイスピの役柄を超えた「クルマ好き」としての素顔

ポール・ウォーカーが車を保管していたガレージが公開された際、ラインナップに世界中のカーマニアが感嘆。価格にとらわれずスポーツカー・スポーティーカーの名車やレア車が揃っており、単に高級車を並べたコレクションとは一線を画す内容だった。ポールの愛車を画像付きで解説!

ポール・ウォーカーが愛した車~ワイスピの役柄を超えた「クルマ好き」としての素顔

ポール・ウォーカーが愛した車とは?ワイスピに登場した車をプライベートでも所有!

ポール・ウォーカー

Paul Walker

生年月日:1973年9月12日
没年月日:2013年11月30日(40歳没)
出生地:カリフォルニア州グレンデール
死没地:カリフォルニア州サンタクラリタ
国籍:アメリカ合衆国
身長:188cm
活動期間:1975年 – 2013年

ポール・ウォーカー(Paul Walker)は、映画『ワイルド・スピード』シリーズなどを代表作に持つアメリカ出身の俳優です。映画の役柄のみに留まらず、子供の頃から父親と車を改造するなど、筋金入りの車好きとして知られていました。

車好きは一代でできあがったものではありません。父と祖父はフォードのファクトリーカーでレースに出た経歴を持ち、ポール自身もカリフォルニア州バレンシアでレースショップを共同経営していました。俳優業の合間にサーキットへ通うレーシングドライバーでもあった、という順序で見ると、彼のガレージの中身はぐっと理解しやすくなります。

2013年11月30日、ポールは友人でありビジネス・パートナーでもあったロジャー・ロダス氏の運転するポルシェ・カレラGTに同乗していたところ、事故に遭い、40歳の若さで帰らぬ人となります。家族や友人、ファンの悲しみは察するに余りある、悲劇的な出来事でした。

彼の死後、ロダス氏とともに所有車を保管していたガレージの様子が公開されました。事故の前年2012年に撮影されたものであり、マニア耽溺のカーコレクションです。

1台1台大切に保管され、美しく磨かれているコレクションは、ポール・ウォーカーがいかに車を愛していたのかを雄弁に語っています。値札の高さではなく「自分でハンドルを握って楽しいかどうか」で選ばれた顔ぶれである点が、他のセレブリティのガレージとの決定的な違いです。

ポール・ウォーカー愛車「R32スカイライン」などを含めた21台がオークションへ出品された経緯

2019年10月、ポール・ウォーカーの愛車がオークションに出品されることが明らかになりました。舞台となったのは、2020年1月11日から19日にかけて開催されたバレット・ジャクソンの第49回スコッツデール・オークションです。

出品されたのは乗用車14台、ピックアップトラックとSUVが4台、バイク3台の計21台。特に注目度が高かったのが「BMW M3ライトウェイトE36」と「日産R32スカイラインGT-R レースカー」で、その他に日産370Zやトヨタ・タンドラもリストに名を連ねました。21台すべてが最低落札価格を設定しないノーリザーブ方式で出品されています。

ノーリザーブとは「いくらでも落札者に渡す」という条件です。相場より安く落ちるリスクを売り手が背負う代わりに、会場の熱量がそのまま価格に乗りやすくなります。結果的にこの判断が、後述する記録的な落札額を生む一因になりました。

「オークション」と聞くとファンとしては少し複雑な気持ちになりますが、ポール・ウォーカーが車をガレージに眠らせておくことを望むかというと、やはり違う気もします。
ポール・ウォーカーの車が良き新オーナーに巡り合えることを祈りましょう。

【続報】ポール・ウォーカー所有の「R32スカイライン」や「フェアレディZ」が1000万円以上で落札

21台の合計落札額は約233万ドル、日本円にして約2億5,000万円を超えました。売却代金は、娘であるメドウ・ウォーカーのための信託に充てられています。注目車の結果を個別に見ていきます。

まずは、日本での注目度が高かった1989年式の日産R32スカイラインGT-Rレースカー。ボディカラーはグレーで、内装を剥がしてロールケージとスパルコ製シート1脚のみを残したトラック仕様です。エンジンはRB26DETT、駆動はアテーサE-TS、変速機は5速MTという、GT-Rの心臓部をそのまま残した構成でした。落札額は10万100ドル(約1,100万円)。通常のR32の相場が2万~7万5,000ドル程度とされる中での結果です。

少し意外な高額落札となったのは、『ワイルド・スピードMEGA MAX』の劇中車にもなっていた日産フェアレディZ(海外車名370Z)の2009年モデルです。走行距離はわずか3,092マイル(約4,900km)。10万5,600ドル、日本円で約1,160万円で落札され、海外メディアは記録に残る限り史上もっとも高額な370Zだと報じています。ノーマル同然の個体なら2万ドル前後で見つかる車ですから、5倍以上の価格がついた計算になります。

事前注目度の高かった1995年式のBMW M3ライトウェイトE36は、38万5,000ドル、日本円で約4,240万円という結果でした。従来モデルより約100kgの軽量化がなされており、走行距離は4,600マイル(約7,400km)と状態も良好。それまでのM3の落札記録を2倍以上に塗り替える金額です。ポールが所有していた5台のライトウェイトは合計120万5,000ドルに達し、コレクション全体の落札額の半分以上を1車種が稼ぎ出しました。

そのほか、E30型M3クーペの2台が16万5,000ドルと22万円ドル、一度もレースに使われていない2013年式マスタング・ボス302Sが9万5,700ドル、走行3万3,000マイルの1995年式フォード・ブロンコが7万3,700ドルで落札されています。

「ウォーカー・プレミアム」とは?愛車が中古相場に与えた影響

この21台がなぜここまで伸びたのかを、相場データの側から見ると輪郭がはっきりします。米国の旧車保険・相場調査会社ハガティは、有名人所有という要素を除いた場合の想定価格と実際の落札額を比較し、平均で約167%の上乗せがあったと算出しました。

象徴的なのが2000年式のアウディS4です。同社の現地査定では、塗装の退色やルーフの剥がれ、マーカーランプの欠品などから、通常なら5,000ドル程度と評価される状態でした。それが2万9,700ドルで落札されています。コンディションではなく「誰のガレージにあったか」が価格を決めた例です。

この一件以降、E36型M3ライトウェイトやR32スカイラインといった1990年代の高性能車は、コレクターズカーとして明確に一段格上げされました。1990年代の日本車・ドイツ車を「ヤングタイマー」として本格的に評価する流れは、ポール・ウォーカーが生前から先回りして買い集めていた分野そのものです。バレット・ジャクソンのCEOが彼を現代のスティーブ・マックイーンになぞらえたのも、単なるリップサービスではありません。

裏を返せば、同じ車を今から探すオーナーにとっては相場が上がりきった後という話でもあります。ライトウェイトやR32を実際に楽しむ目的で狙うなら、有名人所有歴のない個体をコンディション基準で選ぶほうが現実的です。

ポール・ウォーカーの車コレクション!日本車・アメ車・欧州車など納得の名車揃い

ロジャー・ロダス氏との共同ガレージに保管されていた車の映像や過去のインタビューなどを参考に、ポール・ウォーカーが愛し、所有していた車を画像つきで紹介します。日本車、アメリカン・マッスル、欧州のスーパーカーまで、ジャンルの垣根がまったくない点に注目してご覧ください。

※画像はポールが所有していた実車ではなく、同型式と思われるものです。インタビューで購入・所有を公言していたものの、詳しい年式については明らかではないものも含みます。

日産R34スカイラインGT-R Vスペック

R34型スカイラインGT-R  VスペックR34型スカイラインGT-R Vスペック

ブライアンがワイルドスピードX2で搭乗したR34型スカイラインGT-R  VスペックR34スカイラインGT-R 実際にポール・ウォーカーが所有していた車両

1999~2002年に販売。最後のスカイラインGT-R。VスペックはGT-Rの中でも特に走りの性能を高めた上位グレード。ワイスピのブライアン搭乗車としてお馴染みだが、ポール・ウォーカーはGT-Rを本当に愛してくれていた。運転席に座ると目に入るのは、センターに据えられた5.8インチのマルチファンクションディスプレイ。ブースト圧や油温を数値で追える設計は、当時の量産車としては異様なまでにドライバー志向だ。1999年式から米国の25年ルールに乗り、正規に輸入できる年式が年々増えている。

日産シルビアS15

シルビア最終モデルS15シルビア最終モデルS15

7代目にして最後のシルビア。日本販売1999~2002年。不評だった6代目S14の反省から、5ナンバー戻し&ツリ目のエクステリアを復活。ワイスピでは「ドリフト界のモナ・リザ」と呼ばれた日本が誇るドリ車である。間近で見るとボディは驚くほど小さく、全幅1,695mmという数字が実感として伝わってくる。この軽さと小ささこそが、SR20DETの2Lターボと組み合わさったときの扱いやすさの正体だ。こちらも1999年式から順次、米国への輸入が解禁されている。

トヨタ スープラMk4(JZA80型)

ポール・ウォーカーの所有車でワイスピ劇中車となったスープラMk4ポール・ウォーカーの所有車でワイスピ劇中車となったスープラMk4

ポール・ウォーカーの愛車スープラポール・ウォーカーの愛車スープラ

1993~2002年に発売され、アメリカでも若者を中心に人気を博した1台。2JZ-GTEの鋳鉄ブロックは大幅な過給圧アップにも耐え、チューニングベースとしての評価が現在の相場を押し上げている。2019年5月にはA90型として17年ぶりに復活したが、そのA90型も2026年3月をもって生産を終えた。ワイスピ第1作でブライアンが駆ったオレンジのスープラは、この車を一躍スターに押し上げた存在でもある。

日産370Z

Nissan 370Z先代350Zから排気量をアップさせたNissan 370Z

車名は排気量3.7Lが由来。日本でいうZ34型フェアレディZ(日本2008年~、北米2009年~)。日産ブランドとしては初の7速ATを投入し、ホイールベースをZ33より100mm短縮している。全長を詰めて回頭性を高めた設計で、目の前にすると350Zより明確に凝縮して見える。ポールの個体は『MEGA MAX』の劇中車としてフロントまわりに手が入っており、この一台がのちに370Zの落札記録を塗り替えることになった。

シボレーコルベット C1

コルベット  コンバーチブル1954年式1954年式コルベット コンバーチブル

1953~1962年製造。初代C1は登場時こそ注目を集めたが、直列6気筒+2速ATという構成が「見た目だけ」と批判を浴びた。1955年に4.3L水冷V8OHVを搭載したところ評価が一転し、米国を代表するスポーツカーとなる。手を当てるとボディがひんやりせず、樹脂特有の乾いた手触りが返ってくる。量産車として初めてFRP製ボディを採用したモデルであることが、触れてみるとよくわかる。

日産R32スカイライン

R32スカイラインGTS-tR32スカイラインGTS-t

歴代スカイラインの中でも特に名車として名高いR32。米国25年ルールにより、右ハンドルにもかかわらず輸出が急増した。25年ルールとは、製造から25年を超えた車両は米国の安全・排出ガス基準への適合を求められずに輸入できるという制度で、1989年式のR32は2014年に解禁の第一陣となった。ポールが所有していたのはその1989年式で、オークションに出品されたのはRB26DETTを積むGT-Rのトラック仕様(画像はGTS-t)。

トヨタ・タンドラ(初代)

タンドラ後期型レギュラーキャブタンドラ後期型レギュラーキャブ

2000年モデルで登場した北米向けフルサイズトラック。先代T100の反省から本格的なV8を積みつつ、ボディサイズや排気量は米国ビッグスリーを真正面から上回らないよう慎重に設計された。ポールが所有していたのは2006年式。長らく日本では並行輸入でしか手に入らない存在だったが、トヨタは2026年から米国生産のタンドラ、カムリ、ハイランダーを日本市場へ導入すると発表しており、国内で正規に買える日が近づいている。

ロールス・ロイス ゴースト

ロールス・ロイス ゴーストロールス・ロイス ゴースト

ロールス・ロイス ゴースト シリーズ1のリアビューロールス・ロイス ゴースト シリーズ1のリア

2009年に発表され、2010年から本格的にデリバリーが始まったモデル。2014年のマイナーチェンジ後はシリーズⅡと呼ばれ、2020年には2代目へと世代交代した。愛称は「ベビー・ロールス」だが全長は約5.4mあり、目の前にするとどこが「ベビー」なのかという印象を受ける。フラッグシップのファントムに対する弟分、という意味合いだ。ポールのコレクションの中では珍しい、走りを目的としない一台でもある。

サリーンS7

サリーンS7サリーンS7 日本にはわずか3台しか存在しないと言われる超高級車

2000年販売。元はフォードのチューニングを手掛けていたサリーンが初めて開発したオリジナルスーパーカー。フォード製のエンジンをベースに、7L V8OHV(オールアルミ製)を搭載したMRレイアウトで、北米での価格は約39万5,000ドルだった。生産台数は100台前後にとどまる。ドアを開けるとシートが車体中央寄りに配置されており、レーシングカーの発想がそのまま持ち込まれているのがわかる。

シボレー・シェベル SSコンバーチブル

1972年式シェベルSS コンバーチブルシェベルSS コンバーチブル(1972年式)

1964~1977年製造のアメリカの中型自動車。GMで最もヒットしたアメ車の代表格であり、高性能モデルのシェベルSSはV8エンジン搭載のマッスルカーとして有名。ワイルドスピードシリーズではドミニクが搭乗している。なおコンバーチブルは1972年式が最終で、以降はクーペのみとなった。1970年式のLS6は450hpを公称し、当時の量産車として頂点に立っている。

リンカーン コンチネンタル・コンバーチブル(4代目)

1961年式リンカーン コンチネンタル 4ドアコンバーチブル1961年リンカーンコンチネンタル4ドアコンバーチブル

リンカーン コンチネンタル・コンバーチブルリンカーン コンチネンタル・コンバーチブル

1939年から製造されている高級車だが、第四世代の製造は1961~69年まで。4ドアセダンと4ドアコンバーチブルで始まり、途中から2ドアハードトップも加わった。流行のフラットデッキスタイルを取り入れ、ハリウッド映画での登場も多い。後ろヒンジで開く観音開きのリアドアは、間近で見ると開口部の広さに驚かされる部分だ。

フォード・ブロンコII

ブロンコII 前期型アメリカで単身者や若いカップルのレジャー向けの車と宣伝されたブロンコII 前期型

3ドアSUV ブロンコII 後期型3ドアSUV ブロンコII 後期型

1984~1990年製造。フォードのSUVであるブロンコ(1966~1996年)が大型化したため、クラスを埋める目的で導入された小型SUV。ピックアップトラックのレンジャーとの共通設計も多い。なおブロンコ本体は2021年にモデルとして復活しており、ポールが所有していた1995年式は復活前の最終世代にあたる。

フォード GT(初代)

フォードGTフォードGT(2005~2006)

フォード100周年記念車であり、60年代にル・マン24時間で4連覇したGT40(全高約40インチ=1016mmが由来)のリメイク。生産台数は2005~2006年モデルの合計で4,038台。全高は1125mmとやや高いが、5.4Lスーパーチャージャー付V8DOHCを搭載したスーパーカーだ。ボンネットを開けると、スーパーチャージャーのケースがそのまま化粧パネルとして露出しており、見せるための設計であることが伝わってくる。

フォード マスタング コブラ

フォード マスタング コブラフォード マスタング コブラ

1993年式マスタング・コブラRマスタング・コブラR(1993年式)

1993年から2004年まで断続的に製造されたマスタングの高性能バージョンで、開発を担ったのはフォードのSVT部門。最上級モデルにはコブラRの名前がつく。日本へは1996~1999年まで輸入された。クーペとコンバーチブルあわせて年間生産台数は5000~1万台。コブラRは後席もエアコンもオーディオも省かれており、内装を見ると「公道を走れるレースカー」という位置づけが一目でわかる。

ボス302マスタング(第一世代)

フォード・Boss 302 マスタングフォード・Boss 302 マスタング

1969~70年製造のマスタングの高性能モデル。他に429というモデルも存在し、両車レースで活躍。GMでコルベットを担当したカーデザイナーのラリー・シノダがフォード移籍後に開発に携わった。2012年から2013年にかけて復刻版が限定発売されており、ポールがオークションに託した2013年式ボス302Sはサーキット専用のレース仕様。一度も走らせないまま保管されていた個体だった。

フォード マスタング シェルビーGT500

マスタング シェルビーGT500マスタング シェルビーGT500

マスタングのレース向けチューニングカー・高性能モデル。ポール・ウォーカーは2012年式と2013年式の2台を所有していた。2013年式はS197型マスタングのモデル末期にあたり、熟成が進んだ完成度の高さから中古でも安定した人気を保っている。5.8Lスーパーチャージャー付V8は662hpを公称し、当時の量産マスタングとして最強のスペックだった。

サリーン S281

サリーンS281サリーンS281

1996~2009年までサリーンが販売していたフォード・マスタングのチューニングコンプリートカー。SN95型とS197型のマスタングをベース車としている。S281の警察車両は映画『トランスフォーマー』の劇中車としても登場。バンパーやサイドスカートが専用設計に置き換えられており、間近で見るとノーマルのマスタングとはシルエットの印象がかなり異なる。

シボレー カマロZ28

初代シボレー・カマロZ28 1968年式初代シボレー・カマロZ28(1968年式)

初代シボレー・カマロの発売は1967年。3年前に登場していたフォード・マスタングとともにマッスルカーよりやや小柄な「ポニーカー」というジャンルを築き、以後しのぎを削る。Z28はもともとトランザム・シリーズ参戦に向けた5L以下規定に合わせるためのオプションコードだった。ポール・ウォーカーはマスタングの愛好家でもあり、対抗馬であるカマロも手元に置いていた点に、銘柄にこだわらない趣味の広さが表れている。

ボルボP1800

ボルボP1800ボルボP1800 美しい欧州デザインだがギネス認定もされた頑丈さは「ボルボ」だからこそ!

1961~1973年製造(P1800、1800S、1800E、1800ESなど全シリーズ含む)されたスポーツカー。66年にこの車を購入したアーヴ・ゴートン氏が半世紀近くかけて走行距離約524万kmを達成し、「世界一走った車」としてギネス記録に認定された。ボディサイドを貫く曲線は、目の前にするとイタリアン・クーペのような優雅さがある。この一台を選んでいるあたりに、速さ一辺倒ではないポール・ウォーカーの目線が見えてくる。

ポルシェ911 997型 GT3RS

ポルシェ997 GT3 RSポルシェ997 GT3 RS

911の6代目にあたる997モデル(2004~2012年)。先代996型の涙目ヘッドライトからおしゃれな丸目に変身。ポール・ウォーカーはGT3RSをはじめ、グレードや年式、カラーの違うクルマを計3台所有していた。GT3RSに乗り込むと、後席の代わりにロールバーが立ち上がり、ドアの内張りは引き紐一本という割り切り方。サーキットで乗る前提の車であることが、座った瞬間に伝わってくる。

ポルシェ911ターボ(930型)

ポルシェ911ターボ(930型)ポルシェ911ターボ(930型)

1975~89年まで販売された911ターボ。当時の最高級モデルであり、ドイツの量産車としては最速の車だった。トランスミッションは4速MTだが、1989年式のみ5速MT。ポール・ウォーカーは計2台を所有。真横から見ると、リアフェンダーが後輪をまたぐように大きく張り出しており、ノーマルの911とは別物のシルエットに見える。低回転では大人しく、ある回転域から急激に過給が立ち上がる特性は「ウィドウメーカー(未亡人製造機)」の異名で語り継がれている。

アウディS4(B5系)

アウディS4 セダンアウディS4 セダン

S4はA4をベース車とするスポーツモデルだが、2代目にあたるB5系はエレガントなフォルムが特徴。製造は1997~2002年で、セダンとワゴンが存在。縦置き2.7L V6 DOHCツインターボを搭載し、駆動はクワトロによるフルタイム4WD。外観はほぼノーマルのA4で、前後バンパーとフェンダーの膨らみ、ドアミラーのアルミ調仕上げくらいしか差がない。ポールが所有していた2000年式は、オークション出品時点で塗装の退色などが進んだ実用車然とした個体だった。

BMW M1

BMW M1BMW M1のボディデザインはジウジアーロの「イタルデザイン」が手掛けた

BMW M1 E26型BMW M1 E26型

1978~81年BMW製造のスポーツカーで、生産台数は453台。ボディはイタルデザイン。開発当初はランボルギーニにシャシ製作と組み立てを委託していたが、同社の経営難によって計画が滞り、BMWは製作体制を組み直すことになった。ランボルギーニはその後、1978年に経営破綻へ至っている。BMW初にして今のところ唯一のミッドシップ量産車であり、リトラクタブルヘッドライトを備えた低いノーズは、間近で見るとM3などのセダン系Mモデルとまったく血筋が違って見える。

BMW M3 E30型

BMW M3 E30型BMW M3 E30型

BMW M3 E30型 ドイツツーリングカー選手権1989年シリーズチャンピオンマシンドイツツーリングカー選手権の1989年シリーズチャンピオンマシンM3

BMWのレース部門担当Mが開発したスポーツセダン。E30型は1985年にツーリングカーレースやラリー選手権への参戦を目指して開発された初代モデルで、ホモロゲーション取得のための市販車という成り立ちを持つ。ポール・ウォーカーはE30型を1988年式と1991年式の2台所有していた。ノーマルのE30と並べると、前後フェンダーとリアウイング、寝かせたリアウインドウなど専用外板の多さに驚かされる。M3という名前が、単なる上級グレードではなく別開発のモデルであることを物語る部分だ。

BMW M3 Lightweight E36

BMW M3 ライトウェイトBMW M3 ライトウェイト

BMW M3 Lightweight E36BMW M3 Lightweight E36

2代目M3(E36型)をベースに、北米市場専用として1995年に用意された特別モデル。ラジオもエアコンも遮音材も省かれ、ノーマルより100kgほど軽い。ボディカラーは全車アルピンホワイトで、Mカラーのチェッカーフラッグ・グラフィックまで共通という徹底ぶりだ。製造台数は126台で、ポール・ウォーカーはそのうち5台を所有していた。同じ仕様を5台も揃えていた理由については、レースチームの結成を構想していたのではないかという見方がコレクター筋から出ている。ドアを開けると内張りは薄い樹脂パネル、後席には何もない。軽量化の中身が視覚的にわかる一台である。

フェラーリ360チャレンジストラデール

フェラーリ360チャレンジストラダーレフェラーリ360チャレンジストラダーレ

チャレンジストラダーレ リアチャレンジストラダーレ リア

フェラーリ360といえば、V8エンジンを搭載したMR「モデナ」(1999~2005)が有名だが、チャレンジストラダーレは2003年から2004年にかけて製造された公道走行可能なレース仕様車。生産台数は1,288台前後で、モデナ比で約110kgの軽量化とカーボンセラミックブレーキの採用が主な内容だ。新車価格は約2,300万円だったが、現在の中古相場は新車時を大きく上回る水準まで上昇している。室内はカーボンパネルとアルカンターラで覆われ、フロアには薄いカーペットすら敷かれていない箇所がある。

フェラーリ400i

シリーズII  400 GT iシリーズII  400 GT i

フェラーリ400シリーズは、2+2座席の「グランツーリスモ」フェラーリとも呼べる車種。400i(1979~85年)は日本へはAT車のみが輸入された。4.8LのV12エンジン搭載で最高出力310ps、エレガントなスタイルが特徴。フェラーリとして初めて本格的にATを設定したモデルでもあり、後席に人が座れる数少ない12気筒フェラーリという点で、スーパーカーとは別の使われ方を想定した一台だ。

フェラーリF355スパイダー

Ferrari F355 SpiderFerrari F355 Spider(1994~1999年製造)

F355は1990年代に製造されたリアミッドシップエンジン搭載のスモールフェラーリ。フルオープンのスパイダーの他、クーペのベルリネッタ、タルガトップのGTSが存在。車名は3.5Lエンジン、5バルブのパワーユニットから。1気筒あたり5バルブという構成で自然吸気ながらリッター100psを超え、8,500rpmまで回る。フェラーリのV8が「回して楽しい」と評価される流れを決定づけたモデルである。

フェラーリ テスタロッサ

フェラーリ テスタロッサフェラーリ テスタロッサ

フェラーリ テスタロッサ(1984~1992年)フェラーリ テスタロッサ(1984~1992年)

1984~1992年製造。512BBの後継として12気筒エンジンを搭載し、バブル期の日本でも外国車として絶大な人気を誇ったフラグシップモデル。テスタロッサは「赤い頭」を意味するイタリア語で、エンジンの赤いカムカバーが由来。ドア下から後方へ伸びる横基調のストレーキは、間近で見ると想像以上に深く彫り込まれている。左右のラジエーターへ空気を導くための機能部品であり、全幅1,976mmという当時としては異例の広さもここから来ている。

マセラティ クアトロポルテ(第5世代)

マセラティ Quattroporte 第五世代マセラティ Quattroporte 第五世代

マセラティのフラグシップにあたるラグジュアリーサルーン。2004~12年販売。開発当時はフェラーリの傘下にあり、F430の開発で培われた技術が取り入れられて市場でも高く評価された。その後マセラティはフィアット直轄を経て、現在はステランティス傘下となっている。前期型はトランスアクスルのロボタイズドMTを積み、セダンでありながら前後重量配分を追い込んでいる点が独特だ。

メルセデス・ベンツ SLクラス 3代目560SL

メルセデス・ベンツ 3代目560SLメルセデス・ベンツ 3代目560SL

ベンツの高級オープンスポーツであり、初代は1954年製造と歴代車種の中で最も長い歴史を持つ。560SLは3代目SLクラス(R107型)の米国仕様最上級モデル(1986~89年)で、5.5L(5,547cc)のV8SOHCを搭載。R107型は18年という長期にわたって作られたため部品供給と整備情報が豊富で、この年代のオープンとしては維持のハードルが低い部類に入る。着脱式のハードトップは相応の重量があり、ひとりで外そうとすると苦労する部分だ。

ランボルギーニ・ガヤルド

ガヤルド 前期型ガヤルド 前期型

ガヤルド 後期型ガヤルド 後期型

2003~2013年販売。フラグシップはV12という伝統を持つランボルギーニが、アウディ傘下で久々に復活させたV10エンジン搭載の通称「ベビー・ランボルギーニ」。総生産1万4,000台超はブランド史上最多を記録した。後継はウラカンで、そのウラカンも2024年にテメラリオへとバトンを渡している。ガヤルドは電動リトラクタブルウイングや前後を貫くV字基調の造形など、ランボルギーニらしい派手さを保ちつつ、日常的に動かせる信頼性を手に入れた最初の一台という位置づけだ。

シボレー・ノヴァ(シェビー2・ノヴァ)

初代シェビー2ノヴァのステーションワゴン(1962~1965)初代シェビー2ノヴァのステーションワゴン(1962~1965)

2代目シェビー2・ノヴァ(1966~1967)2代目シェビー2・ノヴァ(1966~1967)

1962年から1979年、および1985~1988年に製造されたシボレーの小型車。当初の車名は「シェビー2」で、「ノヴァ」は最上級グレードの名称だった。ポール・ウォーカーは初代モデルのワゴン(1963年式)と2代目モデル(1967年式)を所有。後者はカスタム仕様で、オークションでは6万500ドルで落札されている。マッスルカーの中では車体が小さく、V8を積むと重量あたりの出力が跳ね上がるため、ドラッグレースのベースとして今も根強い人気がある。

愛車コレクションから見えるポール・ウォーカーの「車好き」として心意気

アメリカ車も、欧州車も、日本車も、古い車も、新しい車も、多数の名車を愛したポール・ウォーカー。33車種にのぼる愛車コレクションから、特にどんな車が好きだったのか、どのように車と付き合っていたかを考察します。

速いクルマや走っていて楽しいクルマが好きで、オフのときはサーキットへ!

ポール・ウォーカーの愛車コレクションは、速いクルマ、スポーティーな車が大半です。フェラーリやランボルギーニなどの高級スポーツカーブランドの車はもちろん、多くの車種で「スポーツモデル」を購入していることからも、彼の走りへの情熱がうかがえます。

選び方にも一貫した傾向があります。M3ライトウェイト、GT3RS、360チャレンジストラダーレ、マスタング・ボス302S。いずれも同じ車種の中で「装備を減らして軽くした側」のグレードです。快適装備の充実したモデルより、サーキットで扱いやすい方を優先する選び方は、コレクションというより実戦向けの車庫に近い構成といえます。

インタビューでは、よくサーキットへ走りに行くことや『ワイルド・スピード』の撮影のために運転のトレーニングプログラムを受講したことなども語っていました。カリフォルニア州バレンシアでレースショップを共同経営し、実際にレースへ参戦してもいたことを踏まえると、これらの車は飾るためではなく使うために買われていたと考えるのが自然です。

日本車の愛車コレクションからは特に「日産好き」なのがわかる

ポール・ウォーカーの所有車の中には、スカイラインGT-Rやシルビア、フェアレディZなど、日産の車が多くそろえられています。

代表作である映画『ワイルド・スピード』シリーズでも、ポール・ウォーカーはブライアン・オコナーという役柄で、スカイラインGT-Rや日産GT-Rによく乗っていました。

来日時のインタビューでも「日産スカイラインを運転している」と公言しており、公私において好きなクルマの1つだったことは間違いないでしょう。

注目したいのは購入のタイミングです。R32スカイラインが米国の25年ルールで解禁されたのは2014年で、ポールが1989年式を手元に置いていたのはそれ以前のこと。まだ「日本の中古スポーツカー」が米国でコレクターズカー扱いされていなかった時期から集めていた計算になります。R32やE36型M3を早い段階で押さえていた点が、彼を単なる有名人コレクターと区別する部分です。

フォード・マスタングが特にお気に入り!サリーンなどのコンプリートカーも多数所持

ポール・ウォーカーの愛車コレクションの中でも、とりわけ目をひくのがフォード・マスタングの多さです。

1964年に初代がデビューしたマスタングですが、ポール・ウォーカーは、シェルビー・マスタング(マスタングをチューニングしたレース向け上位モデル)やサリーンのチューニングコンプリートカーを多数所有していました。

マスタング系だけでボス302、コブラ、シェルビーGT500、サリーンS281と系統が分かれており、しかも年式は1960年代から2010年代までにまたがります。フォードのファクトリーカーでレースに出ていた父と祖父の存在を踏まえると、この偏りは家庭で受け継がれた趣味に近いものだったのかもしれません。

「スターだから高級車」というのは趣味じゃない!「好きだから乗る」という純粋な気持ち

「見栄を張るために高級車に乗るのではなく、自分が好きだと思えるクルマを楽しむ」というのがポール・ウォーカーの車好きとしての基本姿勢です。

マスタングがアメリカを代表する車であることは間違いありませんが、大衆車のイメージが強く、ポルシェやフェラーリに比べて「スターっぽくないクルマ」でもあります。
所有していた日本車のスープラやフェアレディZも、素晴らしい車ではありますが、「セレブ御用達」では決してありません。

この姿勢は、実用車がガレージに混ざっていた点にも表れています。オークションに出品された21台には、2006年式のタンドラや1995年式のブロンコ、GMCシエラといった働く車が含まれていました。スーパーカーと荷物を積むピックアップが同じ屋根の下に並んでいる状態こそ、彼のガレージの実像です。

ポール・ウォーカーは、オフのときはサーフィンなどのスポーツやアウトドアを楽しみ、寝袋を持って旅に行くのを好むなど、とても気さくな性格で知られていました。保健所から雑種犬を引き取り、ロケに同行させるなど、ブランドにこだわる「セレブリティ」とはまさに真逆。

俳優という枠を超えた1人の車好きとして、ポール・ウォーカーが世界のカーマニアたちに尊敬され、愛されているのは、こうした心意気ゆえでしょう。

ポール・ウォーカーの遺作となった『ワイルド・スピードSKY MISSION』

真のクルマ好きとして知られたポール・ウォーカー。インタビュアーが車の話題をふると、話がとまらなくなるなど、情熱的でチャーミングな人物でした。

ポール・ウォーカーの遺作となったのは2015年公開の『ワイルド・スピード SKY MISSION(原題Fast & Furious 7)』です。作中では、ポール演じるブライアンは、子供が生まれたため、家族のために危険なミッションからは手を引く「引退」という形がとられました。

映画のラストシーンは、ポール・ウォーカー演じるブライアンの白いトヨタ・スープラと、ドミニク演じるヴィン・ディーゼルのダッジ・チャージャーが並走した後に、2人の道が分かれていきます。ワイスピ第1作でブライアンが駆ったオレンジのスープラから始まった物語が、同じ車種で締めくくられる構成です。
現実を知っていると涙なしには見られないシーンですが、これによりブライアン(ポール・ウォーカー)は物語の中で今も生き続けているのです。

撮影途中で彼を失った本作は、弟のケイレブとコーディが代役として立ち、CGによる顔の合成を組み合わせることで完成しました。作中でブライアンが「死ぬ」描写を選ばなかった判断が、シリーズが続く今も彼の存在を残し続けています。