軽自動車の歴史

軽自動車の排気量が660ccになった歴史を徹底調査

軽自動車の排気量の謎を解くには、日本が国策として打ち出した軽自動車誕生の1949年までさかのぼる。戦後の復興と一般家庭に自動車を広めることを目的として誕生した軽自動車はどのようにして排気量が660ccになったのか、軽自動車の歴史を振り返りながら解説。

軽自動車の排気量が660ccになった歴史を徹底調査

日本独自の自動車規格「軽自動車」を徹底調査

軽自動車は海外には存在しないことはご存じでしょうか。初めて日本に軽自動車が誕生したのは1949年の戦後で、日本経済を復興するための新しい規格として日本政府が打ち出したのが始まりです。

軽自動車検査協会の発表によると2012年の537万台の新車販売台数のうち軽自動車が占める割合は約4割となり、普段の生活にはなくてはならない自動車規格となっています。1907年にアメリカから始まった量産型自動車の歴史から、日本独自の自動車規格に進化した軽自動車の秘密に迫ります。

1949年から始まった日本の独自規格「軽自動車規格」の変遷

赤いボディが映える軽自動車

軽自動車は日本独自の規格で、時代背景などにより規格も変化してきました。
軽自動車として定める初めての規格は1949年7月に誕生し、全長2,800mm、全幅1,000mm、全高2,000mm、2サイクルで100cc、4サイクルで150cc、これらの数値を下回るのが軽自動車と認められました。

サイクルとは

吸入、圧縮、爆発、排気の工程を1往復でするか(2サイクル)、2往復でするか(4サイクル)というエンジンの仕組みです。バイクなどの小型エンジンは2サイクルが一般的で、車など大きなエンジンでは4サイクルが一般的です。

1950年7月には軽自動車の規格が二輪と三輪と四輪に区分けされ、三輪と四輪が全長3,000mm、全幅1,300mm、全高2,000mm、2サイクルで200cc、4サイクルで300ccとなり全幅と排気量が拡大されました。さらに1951年8月には三輪と四輪の排気量が拡大され2サイクルで240cc、4サイクルで350ccとなっています。

そして1954年10月にはエンジンの仕組みである2サイクル、4サイクル別の排気量が撤廃され360ccの排気量に統一されました。

本格的に四輪の軽自動車が登場するのは1955年以降

現役で走るスバル360

軽自動車の規格が誕生してから四輪の軽自動車が製造されるまでは約5年の年月が必要となりました。それまでメインで製造されていたのが軽2輪車で、3輪車の製造も積極的に行われていましたが1954年10月に行われた排気量の統一規格により四輪軽自動車の歴史が動き出します

現在も続く軽自動車を販売する大手メーカーであるスズキが1955年に「スズライト」を販売、1958年にはスバルから「スバル360」が販売したのに続き、ダイハツやマツダやホンダなどの自動車メーカーが次々と参入し軽自動車の黄金時代を築きました

1963年には保有台数が100万台の大台を突破、1970年には保有台数が472万台にも膨れ上がりました。しかし爆発的に増えた保有台数により排気ガスの公害や交通事故が多発し1973年10月から軽自動車の検査制度が始まることになりました。

1976年に行われた26年ぶりの規格改定で軽自動車人気が復活

1973年に始まる第四次中東戦争の影響によるオイルショックや排ガス規制により軽自動車人気が落ち込む中、1976年1月に軽自動車の規格は26年ぶりに改定されました。

全長3,200mm(200mmプラス)、全幅1,400mm(100mmプラス)、全高2,000mm、排気量が550cc(190ccプラス)となり、自動車メーカー各社が新規格の軽自動車の販売を始めました。

1977年には今でも車名が残るホンダのアクティ、1979年にはスズキのアルト、1980年にはダイハツのミラなど各社を代表する名車が次々と登場しました。

1990年に軽自動車の安全性を高めるため消費増税実施に合わせて規格改定

1990年1月には安全性能を車に求める声が大きくなり、全長3,300mm(100mmプラス)、全幅1,400mm、全高2,000mm、排気量が660cc(110ccプラス)と全長と排気量が大きくなりました。この時期から電子制御式燃料噴射装置を搭載する軽自動車が増え、より安全な車へと進化しました。

またこの軽自動車規格変更には同年4月1日に迫る消費税導入の影響による普通車との価格差を是正するための規格改定の意味合いもあったようです。

1993年スズキから登場したワゴンRや、1995年にダイハツから登場したムーヴは軽自動車の一時代を築いた名車となっています。

1998年現在の軽自動車規格に改定

そして現在の軽自動車の規格が1998年10月に改定されました。全長3,400mm(100mmプラス)、全幅1,480mm(80mmプラス)、全高2,000mmとボディの大型化が実施、普通車と同様の安全衝突基準が取り入れられ、定員は4人以下、貨物積載量は350kg以下という規格が設けられました。
1998年以降は自社開発から撤退しOEM車を導入する自動車メーカーが増えたのが特徴です。

1998年にはマツダがスズキから、日産がスズキから、スバルもディアスワゴン、プレオ、ステラをダイハツからOEM提供を受ける事になりました。

2011年にはダイハツからOEM提供されたトヨタが軽自動車販売に参入し、日本の自動車メーカー全てが軽自動車を販売するようになりました。

軽自動車である条件の排気量上限は660ccで最高出力は64ps以上にならないように自主規制を行っている

日本の軽自動車のミニカー

現在、軽自動車として登録するためには条件があります。

  • 全長3,400mm以下
  • 全幅1,480mm以下
  • 全高2,000mm以下
  • 排気量660cc以下

これらの条件が軽自動車の規格として法律で決まっているため、これ以上大きいボディサイズにすることも、排気量を上げることもできないようになっています

また、軽自動車にはターボチャージャー(空気を送り込み排気量以上のパワーを出すための機構)を搭載している車種もありますが、最大出力は64psを上回ることがないよう各自動車メーカーが自主規制を行っています。

軽自動車は時代背景やボディサイズに合わせて段階的に660ccへと排気量アップ

日本で販売される最新の軽自動車

ではなぜ軽自動車の排気量は660ccという中途半端な数字なのでしょうか。
1954年10月の排気量統一により黄金時代を迎えた軽自動車ですが、始めは360ccから始まりました。高度経済成長の中で一般家庭にも自動車を浸透させるため、一般車よりも税制面を優遇する替わりの排気量に制限をかけました。

この制限のもと、排ガス規制や大型化するボディサイズでは出力が足りないため、1976年には550ccへサイズアップしました。

そして1998年には当時社会問題となっていた交通事故に歯止めをかけるための安全対策と更なるボディの大型化による重量アップを、20%の排気量増加と10%の技術革新により550ccから1.2倍となる660ccへとサイズアップし補うことになりました。

「本来の目的を達成した」軽自動車の廃止論について

度々廃止論がされる軽自動車

軽自動車の歴史は1949年から始まり、1998年に最後の規格改定が行われました。
長い歴史のある軽自動車ですが、度々「廃止」の動きがみられることがあります。そもそも一般家庭に広めることを目的として始まった軽自動車は既に本来の目的を達成しているのではないか、ということです。

しかし廃止論の背景にあるのはそれだけではなく、税金面の優遇も問題となっています。乗用車の自動車税は1.0L以下の最低条件で29,500円となっているのに対して、軽自動車は10,800円と約3倍の開きがあるため、1.0以下のコンパクトカーが売れにくい状況となっています。

また軽自動車は日本独自の規格のためグローバル展開ができないのも問題となっています。日本を代表するグローバル企業であるトヨタは軽自動車のガラパゴス化をかねてから問題視しており、不要論を唱えています

日本独自の軽自動車は貿易障壁となると、海外からの圧力も高まっています。このような背景がある軽自動車は今度どのような動きを見せるのか注視しましょう。

日本独自の規格「軽自動車」は今後どのような進化を辿るのか注目

軽自動車

世界的にみると1.0L以下の自動車は売れ筋のサイズとなっているのに対して、日本には軽自動車がその位置を独占しています。

戦後の復興を支援するため、そして一般家庭に広めるために国策として登場した軽自動車ですが、いまやその役目を疑問視されるようになりました。独自の進化を遂げた軽自動車は世界に埋もれるのか、それとも新規格として世界に認められるのか、これからの自動車業界に注目しましょう。