GR HVスポーツコンセプトは市販化されず 遺伝子は「電動MT」へ受け継がれた
トヨタが2017年の東京モーターショーで世界初公開した「GR HVスポーツコンセプト」は、レースで鍛えたハイブリッド技術と、電動化時代でも「操る楽しさ」を残すという思想を体現した一台でした。会場では「次期86か」「スープラの弟分か」と市販化を望む声が数多く上がりましたが、結論から言えばこのモデルがそのまま販売されることはありませんでした。発表から8年以上が過ぎた現在も、市販化やその後継となる具体的な計画は公表されていません。ただし、ここで示された数々のアイデアは、決して一過性の展示物では終わりませんでした。
市販化は見送り その後のトヨタ・スポーツカーの現在地
GR HVスポーツコンセプトが市販に至らなかった背景には、いくつかの理由が推測されます。ベースは初代「86」でしたが、これは次期86を予告するものではなく、あくまでレーシングハイブリッド技術の可能性を探る試験的なスタディモデルでした。TS050 HYBRID直系の高度なシステムをそのまま量産するにはコスト面のハードルが高かったとみられ、実際にトヨタはこの後、「GRスープラ」(2019年)、「GRヤリス」(2020年)、「GR86」(2021年)といった実力派のGRモデルへ開発リソースを集中させていきます。コンセプトが掲げた「走る楽しさ」は、ハイブリッドという形ではなく、これらのモデルによって別の形で市販車に落とし込まれていったと言えます。
そのGRブランドも、いま大きな転換点を迎えています。フラッグシップの5代目「GRスープラ(A90型)」は、かねての予告どおり2026年3月に生産を終了しました。BMW「Z4」と基本設計を共有した現行型に代わり、次期スープラはトヨタ主導の自社開発へ舵を切り、450ps級のハイブリッドを積んで2027年頃に登場するのではないか、といった観測が飛び交っています。加えて、WRCで一時代を築いた「セリカ」を「GRセリカ」として復活させ、2.0リッター直4ターボ+高性能4WDで300psを超える現代版GT-FOURに仕立てるのではないか、という噂もささやかれています。いずれもメーカーの正式発表はなく、現時点では確定情報ではありませんが、GR HVスポーツコンセプトが示した「レース技術を市販スポーツへ」という理念が、なお脈々と受け継がれていることは間違いないでしょう。
Hパターンシフトは「電動MT」として結実へ
このコンセプトで最も先進的だったのが、AT車でありながらボタンひとつで6速MTのようなHパターン操作へ切り替えられる変速機構でした。当時は遊び心のあるギミックと受け止められましたが、この「電動化時代でも操る楽しさを残す」という発想こそ、GR HVスポーツコンセプトが残した最大の宿題だったのかもしれません。
実際、トヨタはその後もこの領域の開発を継続しています。EV向けの擬似マニュアルトランスミッションについて米国特許商標庁(USPTO)へ複数の特許を出願しており、単なるシフト操作の再現にとどまらず、クラッチ操作を誤った際のエンストや坂道発進時の後退までも再現しようとしている点が注目されます。2023年にはレクサスの開発部門が擬似MTを備えた試作車を公開し、海外メディアの試乗でも「本物のMTに近い」と高い評価を得たと伝えられています。さらに市販面では、レクサス「LBX」に本物の6速MTを組み合わせた特別仕様「モリゾウRR」が登場するなど、電動化と操る楽しさの両立というテーマは着実に現実のものになりつつあります。GR HVスポーツコンセプトのシフトノブに込められたアイデアは、10年近い時を経て、次世代スポーツモデルへの実装が現実味を帯びてきたと言えるでしょう。
GR HVスポーツコンセプトとは 2017年東京モーターショーで世界初公開
ここからは、GR HVスポーツコンセプトがどのようなモデルだったのかを改めて振り返ります。同車は、2017年10月25日から11月5日まで開催された第45回東京モーターショー2017で世界初公開されました。TOYOTA GAZOO Racingが世界耐久選手権(WEC)で戦っていたハイブリッドマシン「TS050 HYBRID」を想起させる、レーシングスピリッツあふれるエクステリアが与えられていました。
エクステリアは「TS050 HYBRID」をイメージ
トヨタが世界の頂点で戦うために生み出したハイブリッドレーシングカー、TS050 HYBRIDを思わせるエクステリアは、ピュアスポーツカーとしての機能と走りを徹底して追求したものでした。そして環境技術の面では、TS050 HYBRIDによって磨き上げられたハイブリッドシステム「THS-R(TOYOTA Hybrid System-Racing)」を搭載していました。バッテリーを車体中央付近に配置して重量配分を最適化し、後席を持たない2人乗りのレイアウトを採る点も、走りへのこだわりを物語っていました。
LEDヘッドランプやアルミホイール、リヤディフューザーは環境に優しいハイブリッドをイメージしたもの。ボディカラーには、スポーツカーの力強さと迫力を感じさせるマットブラックが採用されていました。ボディサイズは全長4,395×全幅1,805×全高1,280mmと、ベースとなった初代86に近い、扱いやすい2ドアクーペの寸法にまとめられていました。
ピュアスポーツとしての楽しい走りを、エコに体験できる新しい提案。それがGR HVスポーツコンセプトでした。
スタートスイッチはシフトノブに内蔵
GR HVスポーツコンセプトの内装には、遊び心あふれる工夫が随所に盛り込まれていました。スポーツカーには珍しく、シフトノブやセンタークラスターといったパーツにまで、独自のこだわりが感じられました。
エンジンのスタートスイッチをシフトノブに内蔵するという、まさに遊び心にあふれたインテリアが特徴でした。
センタークラスターにはスイッチ式のギアポジションが配され、レーシーな雰囲気と、それまでにないギミックを味わえる仕立てとなっていました。
さらにボタン操作でマニュアルモードとオートマチックモードを切り替えられるため、シーンに応じてさまざまなドライビングを楽しめる点も大きな魅力でした。この機構こそ、後にトヨタが本格開発する「電動MT」の原点とも言える存在でした。
エアロトップによるとびきりの解放感
GR HVスポーツコンセプトは、ピュアスポーツとしての操る楽しみに加え、トヨタスポーツ800や歴代スープラにも設定されてきたトヨタ伝統の「エアロトップ」を開放することで、格別な解放感を味わえるのも見どころでした。屋根を開けて風を感じながら走る楽しさもまた、このコンセプトが提案した価値のひとつだったのです。
スポーツカーと環境技術の融合が示した未来
第45回東京モーターショー2017で世界初公開されたGR HVスポーツコンセプトは、スポーツカーと環境技術を融合させ、新しいクルマの楽しさを提案したコンセプトカーでした。ありそうでなかったピュアスポーツとハイブリッドの組み合わせは、当時「新しいトヨタの歴史を作るのではないか」と大きな期待を集めたものです。
結果として、このクルマ自体が量産ラインに乗ることはありませんでした。しかし、そこで示された「電動化時代でも走る楽しさを諦めない」という思想は、GRブランドの一連のスポーツモデルへ、そして開発が進む電動MTへと確かに受け継がれています。市販化という形では実を結ばなかったものの、トヨタのスポーツカーが進むべき方向を早くから指し示していたという意味で、GR HVスポーツコンセプトはいまなお振り返る価値のある一台だと言えるでしょう。