よろしくメカドックに登場した車の特徴を画像つきで解説
『よろしくメカドック』は1982~1985年まで週刊少年ジャンプで連載されていた漫画作品で、単にスポーツカーによるレースだけではなく、車のチューニング内容をわかりやすく面白く描いている点が特徴的な作品です。
メカドックとは、主人公である風見潤が働くチューニングショップの名前であり、「Mechanical Doctor」すなわち「車の医者」を意味しています。
連載時期は、国産車がターボとDOHCで一気に速くなっていった時代と重なります。作中に出てくる車は、当時の新型車と1960~70年代の名車がほぼ半々。この配分そのものが、80年代のチューニング文化がどんな土壌から生まれたのかを表しています。
1984年からはフジテレビ系でアニメ化もされ、プラモデルでもその世界を楽しめる『よろしくメカドック』。風見潤が搭乗したり、チューニングした印象的な車を画像つきで紹介します。
セリカXXなど『よろしくメカドック』に登場したレース出場車両
風見潤のメカドック、那智渡率いるチャンプ、渡辺俊光のレーシングワタナベなどの出場車両として、レースシーンで登場した劇中車をまとめました。ゼロヨングランプリ編、東日本サーキットGP編、キャノンボール・トライアル編と、レースの形式が変わるたびに求められる車の性格も変わっていく点に注目してご覧ください。
トヨタ・セリカXX(MA61)
風見潤が搭乗した『よろしくメカドック』を代表する車セリカXX。劇中車の2800GTはMA61型にあたり、2.8Lの直列6気筒DOHC「5M-GEU」を搭載する当時のトヨタ最上級スポーツクーペである。リトラクタブルヘッドライトを閉じた状態で正面に立つと、ボンネットからノーズ先端までがほぼ一直線に落ちており、この時代の国産車としては異例なほど空気を意識した形だとわかる。CMにはロータス創始者でF1マシンの天才設計者コーリン・チャップマンを起用し、空力性能を前面に打ち出していた。作中で風見が挑む相手が毎回変わっても、ベース車はこの1台のまま。改良を積み重ねて戦うという物語の骨格を、この車が担っている。
マツダ・サバンナRX-7(SA22C)
風見潤のライバルであり、ロータリーエンジンを愛する男「チャンプ」のオーナー那智渡の愛車は初代RX-7(1978~1985年)。12A型ロータリーは同等の出力を持つレシプロエンジンより大幅に小さく軽いため、エンジンを前輪より後ろへ寄せたフロントミッドシップが成立した。ボンネットを開けると、エンジンの手前に大きな空間が空いているのが目に入る。排ガス規制の影響を受けつつも、リトラクタブルヘッドライトを備えたスポーツカーらしい姿で人気を集め、1983年には国産初のロータリーターボ搭載車も追加された。
日産・フェアレディZ 240ZG(S30)
レーシングワタナベのオーナー・渡辺俊光が搭乗。1971年に国内市場へ追加された2.4L直6「L24」搭載の240ZGは、Gノーズと呼ばれる延長ノーズとオーバーフェンダーが特徴的なスタイリングだ。これはレース参戦時のホモロゲーション取得を狙った仕様であり、装飾ではなく空力のための造形である。全長が延びた分だけ5ナンバー枠を外れて3ナンバー登録となった。日本専売のため、米国ではオプションの「ノーズキット」がよく売れた。
日産・フェアレディZ 300ZX(Z31)
東日本サーキットGPメカドック出場車両の3代目Z(1983~1989年)。300ZXは3.0LのV6ターボ「VG30ET」により230馬力を発生し、当時の国産市販車で最高のパワーを誇った。それまでのZが直6一本だったのに対し、V6へ切り替えた最初の世代でもある。作中ではスバル・レオーネのパーツを用いてフルタイム4WD化した「グレーサーZ」として登場。4WDのスポーツカーが市販化される前の時代に、あえて駆動方式そのものを作り替えるという発想が持ち込まれている。
バラードスポーツCR-X
ゼロヨンGP編でメカドックがチューニングしたバラードスポーツCR-X(1983~1987年)。国外では「シビックCRX」として発売され、日本では販売チャネルの関係でバラードの名を冠していた。ホンダが「FFライトウェイトスポーツ」という言葉を初めて用いたクルマであり、樹脂外板の多用によって車両重量は760kg前後に収まっている。作中ではエンジンを後方へ移設したミッドシップの「CR-Xミッド」として登場。軽さと短いホイールベースを持つ車をあえて造り替えるという、原作らしい振り切った改造である。
ホンダ・シティターボ2
東日本サーキットGP編のメカドック出場車両。「トールボーイ」の愛称で人気車となった初代シティに1983年に追加されたホットモデルだ。3,000rpm以下でフルスロットルにすると約10秒限定で過給圧を約10%高める「スクランブル・ブースト」機能が最大の特徴で、ブリスターフェンダーで拡幅された外観から「ブルドッグ」とも呼ばれた。全高の高いボディに110psを積むという組み合わせは、当時の常識から外れた成り立ちであり、目の前にすると背の高さと張り出したフェンダーの対比が強く印象に残る。
いすゞ・ピアッツァ(原作JR130系/アニメJR120型)
チューニングショップ「ハイギャード」の東條誠が搭乗した初代ピアッツァ(1981~1991年)。原作ではNA、アニメではターボ車として登場する。ジョルジェット・ジウジアーロがショーモデル「アッソ・ディ・フィオリ」のデザインをほぼそのまま量産化した稀有な車で、内外装は専用パーツを多数使用。運転席に座ると、ステアリング左右のサテライトスイッチに手が届く位置関係になっており、当時のいすゞがデザインと操作系の両方で独自路線を走っていたことが伝わってくる。
トヨタ・MR2(AW11)
東日本サーキットGP編で東條誠が搭乗したのは日本初のミッドシップ量産車となった初代MR2(1984~1989年)。エンジンや足回りなどは前輪駆動のE80型カローラの流用や強化によるもので、横置きのパワートレインをそのまま後席位置へ移す手法でミッドシップを成立させている。作中でCR-Xをミッドシップ化する発想と、実車のMR2の成り立ちは実は同じ理屈だ。1986年後期型からはTバールーフやスーパーチャージャー仕様も追加された。
日産・スカイライン2000GT-R(KPGC110)
キャノンボール・トライアル編「チームGT-R」のリーダー二階堂の愛車は、生産台数197台、1973年に3か月ほどしか販売されなかったKPGC110型2ドアハードトップ2000GT-Rだ。オーバーフェンダーやラジエーターグリルを装備し、ハコスカから受け継いだ丸型4灯テールランプを備える。排出ガス規制の強化によりレースに出走することなく姿を消したため、S20型エンジンを積む最後のGT-Rでありながら戦績を持たない。この「幻」という立ち位置が、作中での存在感につながっている。
トヨタ・ソアラ(Z10)
ゼロヨングランプリ編で登場した「紫電改」のハイパーソアラは、初代ソアラ(1981~1986年)がベース。元祖ハイソカーとしての装備の豪華さだけでなく、新開発の5M-GEUエンジンや国産車初となる4輪ベンチレーテッドディスクブレーキなどを採用している。エレクトロニックディスプレイメーターを備えた運転席は、目の前にすると当時の量産車とは思えないほど情報量が多い。セリカXXと同じ5M-GEUを積みながら、性格はまったく別の方向へ振られた兄弟のような関係にある。
日産・パルサーエクサ(N12)
キャノンボール・トライアル編劇中車。1982~1986年生産、リトラクタブルヘッドライトを採用したスポーティーな2ドアノッチバッククーペである。パルサークーペの後継として誕生しており、この初代モデルのみに「パルサー」の名前がつく。1.5Lターボは115psを発生し、900kg台の車重と組み合わさることで、当時のコンパクトカーとしては十分な速さを持っていた。長距離を移動するキャノンボール編に、こうした実用サイズの車が混ざる点が作品らしい。
三菱・スタリオン
ゼロヨングランプリ編劇中車。1982~1990年生産のFRスポーティカーで、シリウスDASHと名付けられた2Lターボは低回転から厚いトルクを出す設定だった。「元祖ガンダムっぽい車」とも評されるエクステリアは、アメリカ輸出を意識したもの。直線基調のボディに角型リトラクタブルヘッドライトという組み合わせは、間近で見ると面の切り替えが鋭く、80年代前半のデザインそのものだ。ゼロヨンという競技の性格と、トルク重視のセッティングが噛み合った起用といえる。
トヨタ・2000GT
東日本サーキットGP編で資金繰りのためにヨタハチを売った麗子が南条から借り受けたのは、1967~1970年にかけて生産されたトヨタ2000GT。エンジン等はヤマハ発動機との共同開発で、3M型直6DOHCは150psを発生した。専用トランスミッションやマグネシウムホイールを装備した国産スーパーカーであり、総生産台数は337台にとどまる。ボンネットの低さは目の前にすると想像以上で、全高1,160mmという数値が実感として伝わってくる。現在はオークションで1億円を超える取引が成立する水準にある。
フェラーリ・308GTB
東日本サーキットGP編チームMDMの出場車両。1975~1985年まで生産された2シーターのMRスポーツカーで、クーペがGTB、ルーフパネルを脱着できるタルガトップがGTSとなる。308は「3000cc・8気筒」の意味で、最高出力255PS/7,000rpm、最大トルク30.0kgf·mを発生。初期のGTBはFRP製ボディを採用しており、金属製に切り替わった後期型と比べて100kg近く軽い。日本車ばかりが並ぶ作中にあって、この1台だけが別のものさしで存在している。
スバル360やヨタハチなど『よろしくメカドック』の印象的な劇中車
『よろしくメカドック』は、レースだけでなく、チューニングショップとしての日常的な仕事の話もおもしろいのが特徴。アニメ版のマスコットカーとなったスバル360など登場人物たちの魅力的な愛車を紹介します。レース車両が当時の新型車中心なのに対し、日常編に出てくるのは1960~70年代の小排気量車が多く、この対比が作品の温度差を作っています。
スバル360
アニメ版『よろしくメカドック』ではピンクのスバル360がマスコットカー的役割を果たした。360ccの2ストローク2気筒をリアに積むRRレイアウトで、最高出力は初期型16PS、後期型でも25PS。車両重量は約385kgしかなく、航空機技術を持つ富士重工業がモノコック構造と薄板鋼板で軽さを稼いだ成果である。ドアを開けると床が低く、天井が丸く落ちてくる独特の空間が目に入る。作中では「ロータリーエンジン+ターボ」のエンジンスワップを実施しており、実車の世界でもエンジン換装は時折見られる。
日産・シルビア(S110)
那智渡の双子の弟・徹が搭乗していたチューニングパトカーは3代目シルビアS110型(1979~1983年)。角型4灯式ヘッドランプをはじめとした直線基調のデザインで、ムーディーな足元灯などデートカーとしての装備が充実していた。1981年には日本初のDOHCターボとなるFJ20E系搭載車も設定され、後のS12、S13へと続くシルビアの走り路線はこの世代から本格化する。姉妹車は日産ガゼール。
トヨタ・セリカ1600GTV(TA22)
落ちこぼれ暴走族・松桐坊主の愛車は、1970~1977年まで発売されていた初代セリカ(愛称ダルマセリカ)の1600GTV。1.6L直4DOHCの2T-G型を積みながら、内装や快適装備を削ってレース向けの強化サスペンションとラジアルタイヤを与えた競技志向のグレードである。GTより装備が簡素なぶん軽く、価格も抑えられていた。トリムを剥いだドア内張りを目の前にすると、この時代のトヨタが本気で作った競技ベース車であることがわかる。
トヨタ・スポーツ800
女暴小町・小野麗子の愛車。1965~1969年の4年間で生産台数3,131台、脱着式ルーフを採用した車両重量580kgの軽さと空気抵抗の少なさが特徴的な元祖ライトウェイトスポーツだ。790ccの空冷水平対向2気筒はわずか45PSだが、軽さと空力で最高速155km/hに達する。パワーではなく損失を減らして速くするという考え方は、メカドックが繰り返し描いてきたテーマそのものでもある。愛称ヨタハチ。作者の次原隆二氏は、憧れの車として名前を挙げていた。
ホンダS800
交通課の早坂優の愛車はホンダSシリーズ第3弾として発売された小型スポーツカーS800(通称エスハチ)。791ccの直列4気筒DOHCは70PSを発生し、二輪の技術をそのまま持ち込んだ高回転型ユニットとして知られる。もう1人のヒロイン小野麗子の愛車はトヨタ・スポーツ800(通称ヨタハチ)だが、両車は800ccクラスのライバル関係にあった。同じ排気量帯で、軽さで攻めたトヨタと回転数で攻めたホンダという対比になっている。
スズキ・セルボ SS20
交通課の早坂優のミニパトは初代セルボ。総排気量539cc、最高出力28PS、車両重量550kg。原作では手配中のシボレー・コルベット・スティングレーを検挙するために風見にチューニングを依頼する。ワイドタイヤを装着し、防音マットを取り払うなど更なる軽量化が施された。排気量で圧倒的に劣る車を、軽量化とタイヤで戦えるところまで持っていくという筋立ては、作品を通して一貫している考え方だ。
よろしくメカドックのチューニングは現実にどこまで可能だったのか
作中の改造は誇張されている部分もありますが、下敷きになっている技術は当時実際に存在したものが大半です。何が現実的で、何が漫画ならではだったのかを整理します。
- ターボの後付け:1980年代前半は市販のボルトオンターボキットが実在し、NAエンジンへの過給は現実に行われていました。ただし当時から圧縮比やノッキング対策が課題で、耐久性を確保するには内部にも手を入れる必要があります。
- エンジンスワップ:スバル360へのロータリー搭載のように、車体側の設計を超えた換装は現実でも例があります。現在の日本では原動機の変更にあたるため、構造等変更検査を受けなければ公道を走れません。
- ミッドシップ化:CR-Xミッドのようなレイアウト変更は、フレームの切り貼りと駆動系の作り直しを伴います。実車の世界ではワンオフ製作に近く、作中でもっとも荒唐無稽な部類に入る改造です。
- フルタイム4WD化:グレーサーZが登場した頃、市販車の4WDはまだ悪路走破用という位置づけでした。舗装路での速さのために4WDを使う発想が一般化するのは、1980年代後半のランサーエボリューションやインプレッサ以降です。作品が数年先を読んでいた部分といえます。
- 軽量化:防音マットの撤去やワイドタイヤの装着といった手法は、いまも競技の現場で最初に行われる基本です。作中でもっとも地に足がついた改造でもあります。
今この時代の車を手に入れようとすると、車両そのものより部品の入手が壁になります。S20型やL型のようにアフターマーケットで再生産が続く系統がある一方、ピアッツァやパルサーエクサのように専用部品が枯渇している車種も少なくありません。旧車を狙うなら、車両の程度以上に部品供給の状況を先に調べておくほうが確実です。
よろしくメカドックは今読んでも面白い!70~80年代の国産車にワクワク!
『よろしくメカドック』は、ストーリーが荒唐無稽で面白みに溢れる一方で、車の「チューニング」を理解する入門書として役立ち、当時最先端の自動車技術についても取り上げていた意欲的な作品です。1980年代は、ターボとDOHCの普及によって車の性能が飛躍的に向上した時期だったため、作品全体がワクワクとした高揚感に溢れています。
ここに登場した車の多くは、いまや旧車として価格が上昇しています。連載当時は中古で買える普通の車だった2000GTやKPGC110が、現在では別の世界の存在になっているという事実も含めて、この作品は1980年代の記録として読めます。
1970年代・1980年代の国産車がよく出てくるので車好きなら当然楽しめますし、車好きじゃなくてもストーリーの面白さで読み進めて、気づけば車に詳しくなってしまうのが『よろしくメカドック』の面白いところです。