トヨタ車のデザイン言語「キーンルック」とは?その意図と進化を解説
自動車メーカー各社の個性が色濃く現れるのがフロントグリルです。例えば、日産のVモーション、マツダの魂動デザイン、スバルのヘキサゴングリル、そしてトヨタの高級ブランドであるレクサスが採用するスピンドルグリルなど、各メーカーのブランド哲学を感じさせる特徴的なデザインが確立されています。
トヨタがグローバル戦略車を中心に採用してきた「キーンルック」は、どのようなデザインコンセプトを持っているのでしょうか。「意味」「採用車種」「評価」といったドライバーの疑問に応えながら、そのデザインに込められた意図や、現在の進化の状況を併せて紹介します。
「キーンルック」は鋭利で精悍なフロントマスクを意味します

トヨタのグローバルモデルを中心に取り入れられてきたのが、この「キーンルック」(Keen Look)と呼ばれるデザイン言語です。「Keen」は英語で「鋭利な」「賢い」、「Look」は「見た目」「視線」を意味し、その名の通り、鋭敏で精悍な顔つきを特徴とします。具体的には、中央のエンブレムを中心としてV字に大きく広がる立体的なグリルと、それに続くように鋭く切れ上がったヘッドライトを組み合わせた、非常にスタイリッシュなデザインを構成しています。
キーンルックを採用したフロントグリルは、登場する以前の、良くも悪くも大衆的で癖のないデザインが多かったトヨタ車を、より挑戦的で知的、そして世界基準の精悍な印象へと大きく変貌させました。「デザイン」は、トヨタのブランドイメージを一新する重要な要素となりました。
キーンルック導入の意図はグローバルなブランド統一戦略

近年、日本の自動車メーカーが積極的に取り組んでいるのが、フロントデザインの統一化です。例えば、ドイツのBMWは、ほぼ全ての車種に「キドニーグリル」という独特な台形型のフロントマスクを採用しています。このキドニーグリルは1930年代から採用されている長い歴史を持ち、BMWの伝統とアイデンティティを象徴していると言っても過言ではありません。
一方、かつての日本の自動車メーカーには、自社全体を象徴するような統一されたフロントグリルのデザインがありませんでした。そこで、世界戦略を本格的に視野に入れ始めたトヨタが取り入れたのが、どの車種を見ても「トヨタ車である」と一目で認識できるための、ブランド化を目的としたフロントグリルの統一化です。その新しいデザイン言語として採用されたのが、このキーンルックとなります。
この統一戦略は、特に海外市場で有効に機能し、「キーンルック=トヨタ車」という認識を広めることに成功しました。これにより、各市場におけるトヨタブランドの存在感と個性を際立たせ、グローバルでの販売競争力を高める狙いがありました。
キーンルックの始まりはハッチバックのオーリスから

キーンルックが初めて採用されたのは、2012年8月にフルモデルチェンジを果たしたハッチバックタイプの2代目オーリスです。当時のトヨタは、「世界中どこでもトヨタ車と分かるデザインを導入していく」という目標を掲げており、そのデザインコンセプトの第一弾としてオーリスが選ばれました。オーリスは欧州市場をメインターゲットとした世界戦略車であり、キーンルックの採用により、欧州を中心に爆発的な人気を記録し、そのデザインの成功を証明しました。
オーリスの発売以降、キーンルックは、日本でも大ヒットしたハイブリッド車のプリウス(4代目以降)やアクア(初代後期)、ミニバンのエスティマ(後期)、セダンのマークX、そして世界的流行となったコンパクトSUVのC-HRなど、多岐にわたるセグメントの車種に採用されました。これにより、「キーンルックに統一感」が生まれ、トヨタの顔として広く浸透していきました。
キーンルックを採用した代表的な車種

キーンルックを採用した代表的な車種をいくつか紹介します。このデザイン言語は、基本的にモデルチェンジや新型車投入のタイミングで採用されましたが、セダン、SUV、ミニバンなど車種のタイプによってデザインの表現に様々なアレンジが見られるのも特徴です。統一されたコンセプトの中でも、それぞれの車の個性を引き立てる工夫は、トヨタのデザイン力の高さを証明しています。
キーンルックの元祖は欧州市場で人気のオーリス
2012年のフルモデルチェンジの際、初めてキーンルックが採用された車が2代目オーリスです。コンパクトハッチバックであるオーリスのハイブリッド車は、燃費性能も当時の基準で30.4km/Lと優れた数値を実現しています。日本ではプリウスやアクアと比較すると馴染みが薄いかもしれませんが、フォルクスワーゲン・ゴルフなどの強豪が多い欧州市場では、そのキーンルックのデザインと走行性能によりとても人気の高い車となりました。
キーンルックの元祖というだけあって、立体的な造形のフロントマスクと、キレのあるシャープなヘッドランプが融合したそのデザインは、非常に「美しい」という高い評価を受けました。コンパクトなボディサイズながら、室内空間も広く確保している点も特徴の一つです。
世界初の量産型ハイブリッド車として知られるプリウス
プリウスは、1997年に世界で初めて量産市販化されたハイブリッド車(HV)です。電気とガソリンを使って走るハイブリッドシステムは革新的な新技術として、日本だけでなく世界中の自動車業界に大きな影響を与えました。
ガソリン車と比較して圧倒的な低燃費を実現するハイブリッドシステムを持つプリウスは、世界中で人気を集め、日本の新車販売台数でも常に上位にランクインしています。1997年に初代プリウスが誕生してから、デザインコンセプトが大きく変化したのは、2015年にフルモデルチェンジされた4代目新型プリウスからです。この4代目から、キーンルックのデザインが本格的に採用されました。
プリウスのキーンルックは、従来のモデルよりもさらに切れ長のヘッドライトが特徴的であり、車高の低さも相まってスポーティーで近未来的な雰囲気を醸し出しています。今までのプリウスが持っていた丸みを帯びたイメージから脱却し、全体的にシャープで挑戦的なイメージへと進化しました。
多人数乗車が可能でファミリー層に人気のエスティマ
ファミリー世代から長きにわたり人気を博してきたのがミニバンのエスティマです。エスティマは2016年のビッグマイナーチェンジの際に、トヨタの最新デザインとしてキーンルックが採用されました。
このビッグマイナーチェンジでエスティマに採用されたキーンルックは、それまでのデザインよりさらに大胆に、そしてモダンに表現されており、当時のトヨタデザインの大幅な進化を感じさせました。特に大型ミニバンにキーンルックを組み合わせることで、迫力と洗練されたイメージの両立を実現しています。
エスティマの最大の特徴は、大人数乗車を可能にする広々とした室内空間です。7人乗り・8人乗りのミニバンの代表格とも言える人気の車種は、キーンルックの採用により、高い機能性に加えてさらに洗練されたエクステリアを手に入れました。
スバルと共同開発し究極の走りを追求した86
トヨタの新しいデザイン言語であるキーンルックは、スポーツタイプの2ドアクーペにも採用されています。それがトヨタ86です。コンパクトFR(フロントエンジン・リアドライブ)クーペの86は、徹底的に鍛え上げられた走行性能と、ドライバーに運転の楽しさを追求した上質な空間を提供するコクピットが魅力です。
大きく張り出したフロントデザインには、やはりトヨタの新デザインであるキーンルックが採用されています。本格的な「走りの楽しさ」を追求したスポーツカーである86のエクステリアにも、キーンルックのデザインが非常にベストマッチしており、精悍な表情を際立たせています。
革新的なデザインでコンパクトSUV市場を牽引したC-HR
コンパクトSUVのC-HRは、2017年4月の新車販売台数で、SUV車種として史上初の総合1位を記録しました。その最大の魅力は、個性的なクーペスタイルのデザインと、プリウスから受け継いだ高い信頼性、そして当時の基準で30.2km/Lという優れた低燃費性能を実現するハイブリッド仕様です。
ダイヤモンドをイメージしたボディ形状に、中央のエンブレムから切れ上がったヘッドライトが、フロントタイヤの上まで大きく回り込むようにデザインされています。C-HRのキーンルックは、これまでのモデルよりもさらにワイルドに、そしてアグレッシブに表現されており、非常に大胆なエクステリアを持っています。「世界戦略SUV」として投入されたC-HRは、キーンルックの持つ可能性を広げ、当時のトヨタの新時代を切り開く車となりました。
トヨタの「顔」となったキーンルックは現在進化を続けています

キーンルックの採用が本格的に始まった2012年ごろ、一部の層からは「デザインが統一されすぎて個性がなくなった」「顔つきがいかつい」「かっこ悪い」など、批判的な意見があったのも事実です。しかし、時代が進むにつれてキーンルックは様々な車種で熟成を重ね、現在では鋭く統一されたフロントマスクの「キーンルックこそがトヨタの顔」と認識しているドライバーが大多数を占めています。
過去のデザインを大胆に一新し、世界戦略に即した統一デザインを導入するという決断は、当時のトヨタにとって大きな勇気がいるものでしたが、結果としてその後のグローバル販売成功の一因となりました。この「キーンルックの成功」の例が示すように、世界から注目されるトヨタブランドの新しい象徴として、そのデザイン言語はハンマーヘッドデザインなどの新しいコンセプトも取り込みながら、これからも進化を続けています。
トヨタのグローバル戦略を支えるデザイン言語とその進化

トヨタは、2020年以降、世界シェアおよび新車販売台数において、再び世界トップの座を堅持し続けています。これは、単に販売台数が多いというだけでなく、世界中の市場で安定したブランド力を発揮していることを示します。その優位性を支える重要な要素の一つが、グローバルな市場で「トヨタらしさ」を一目で伝えるデザイン戦略です。
トヨタが世界販売で優位性を保ち続けるための重要な鍵の一つが、キーンルックから始まった統一デザイン(そして、その後の「アンダープライオリティ」や最新の「ハンマーヘッド」デザインといった進化形)がもたらすブランドアイデンティティの強化です。高い品質や堅牢な作り、そして先進の安全性はもちろんのこと、視覚的なインパクトと統一性を持つフロントデザインは、トヨタの強力な武器となりました。このデザイン戦略は、電動化時代においても、トヨタが今後も世界的な自動車メーカーとして確固たる存在感を維持・向上させていくための基盤であり続けています。




















